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シマドジョウ
バナー画像:1/400秒の奇跡、ニシシマドジョウと二ホンイモリ
(鳥取県大山町にて撮影)
フィッシュナビのブログでは、私と出会う魚や生物、そして鎌倉の身近な自然と季節を日常生活に交えて記事にしております。
普段そこにいる誰もが目にする光景ながらも、(当たり前すぎて)見過ごしがちな素朴なネタを見つけ、そこに秘めた魅力を浮彫りにしていきたいと思います。自然が相手なので記事の更新は気まぐれ!でもコツコツ地道に発信していきますので、読んでくださった皆さまにとって何らかの情報になれば幸いです。何気ない散歩道が、もしかしたら今までにない輝きを放ち “特別な場所” に変わるかもしれません。
また当ブログでは、皆さんにより魚への興味を持ってもらうため、「こんなネタを書いてほしい」とか、話題や素朴な疑問などを受け、それを記事に反映している事が多いです。そして釣りや魚を語る上で、よくありがちな専門用語は極力使わず、多方面な視点からアプローチし、その魅力をより簡単に伝えらえるように心がけていきます。
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バナー画像:1/400秒の奇跡、ニシシマドジョウと二ホンイモリ(鳥取県大山町にて撮影)
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バナー画像:1/400秒の奇跡、ニシシマドジョウと二ホンイモリ(鳥取県大山町にて撮影)
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また当ブログでは、皆さんにより魚への興味を持ってもらうため、「こんなネタを書いてほしい」とか、話題や素朴な疑問などを受け、それを記事に反映している事が多いです。そして釣りや魚を語る上で、よくありがちな専門用語は極力使わず、多方面な視点からアプローチし、その魅力をより簡単に伝えらえるように心がけていきます。

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<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・砂押川編)~魚映え(さかなばえ)~

  • 2021/10/08 14:16

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<写真>
川魚(カワムツ)とリング。
水面に落ちた虫を食べた時にできる波紋。
幻想的な光景でも、タネを明かしてしまえば、カンタンな1ショットです(砂押橋のバス停から撮影)。

<本文>
鎌倉も秋の行楽シーズンに入り、カメラ片手に自然散策を楽しむ姿に、改めて鎌倉には自然好きな方が多いことを実感します。鎌倉の四季を表現する方法は、十人十色で様々ですが、共通して言えることは、身近な自然を寄せ集め、それを自分流に創作するところにあります。私のお魚写真もその一つで、「誰もが見過ごす小さな発見」をテーマに、創意工夫して表現するところに楽しさを見出しております。そこで、今回は「魚映え」と称し、私の観察視点からみた「川魚の撮影ハウツー」を皆さんにシェアいたします。

まず、魚を撮影する上で困ったことは、水面が反射してうまく撮らせてくれないことでした。どうしたらよいものかと足繁く通った結果、どうやら「太陽が高い位置にある時間帯」を狙うと、水面が反射することなく魚がキレイに撮れることが分かりました。そしてその際にできる波紋や影も重要な役割をしており、これらを有効活用することで、水中を舞う魚を引き立ててくれるのです(※私はシャッター押すだけ、演出は自然任せ)。

これから秋が深まるにつれ、アユは海へ下ってしまいますが、河川居残り組のオイカワやカワムツたちが皆さんをお出迎えしてくれることでしょう。もし興味がございましたら、是非チャレンジしてみてください。

★タウンニュース鎌倉版 2021年10月08日号(No.818) 
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(砂押川編④)寄稿文より

<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・砂押川編)~モクズガニ~

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<写真>
藻を食べるモクズガニ。
警戒心が非常に強く、人の気配を感じるとすぐに隠れてしまいます。

<本文>
盛夏を賑わせたオイカワたちの産卵も終わり、あのお祭り騒ぎから一転。9月に入ると徐々に普段の静けさに戻りつつあります。また連日の雨で川が濁り観察も小休止、今回はお魚以外で、観察の名脇役でもあるモクズガニ(藻屑蟹)について、お話したいと思います。

モクズガニは、市内河川でよく観察できる身近なカニで、特徴的なのは何といってもこのハサミ、まるでチアポンポンをつけているようで面白いです(因みにこれは藻が生えているのではなく地毛です)。そしてこの立派なハサミからして、いかにも凶暴そうに見えますが、実は雑食性(カニは肉食性が多い)で普段は藻などをチマチマ食べております。
モクズガニは、海と川を往来する回遊性のカニで、その生活史はアユと非常に似ております。そのため、秋が深まる頃には(アユと同様)産卵のため海へ下ってしまうでしょう。

これはちょっとした豆知識ですが、このモクズガニは日本古来より食用に利用され、特に「がん汁」などが郷土料理として知られております。私も過去に食したことがありますが、その味は絶品、こんなに美味しいものなのかと。それもそのはず、モクズガニは上海蟹(チュウゴクモクズガニ)の近種で、見た目も味もほとんど同じ、そんなグルメ的な要素も秘めております。

★タウンニュース鎌倉版 2021年9月10日号(No.815) 
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(砂押川編②)寄稿文より

<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・砂押川編)~カワムツ(国内移入種)~

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<写真>
カワムツのつがい(上:メス、下:オス/繁殖期は春~夏)。
鎌倉市内では、砂押川と小袋谷川に多く生息しております。

<本文>
大船という大都会のど真ん中で、川魚を観察できる癒しのスポットがあります。それは砂押川のプロムナード区間(大船郵便局付近)で、その立地上、多くの方が利用されお散歩コースとしても人気があります。砂押川とは、今泉にある鎌倉湖(散在ガ池)を水源とし大船地区を流れる川で、最終的にはJR大船駅の真下を潜り、柏尾川へ注ぎます(全長4.5キロメートル、河川規模としては滑川に次ぐ2番目に大きい)。
ここに棲む魚は、前回の梅田川編で登場したオイカワをはじめ、アユなども川を上ってきますが、今回はここ近年になって一際目立つようになった第3の魚「カワムツ」について、お話をしたいと思います。姿かたちは一見オイカワに似ておりますが、体には黒色の太い縦縞が入り、ヒレが黄色いのが特徴です。カワムツはオイカワ同様、日本古来の魚ですが、本来は西日本に生息する魚です。
アユ、ウナギ、ハゼに関しては、海と川を往来して生きていますので、海を介して生息域を変えることができます。しかし、このカワムツに関しては、一生を淡水域で生きる魚ですので、関東にまで生息域を広げることはまず不可能です。
今日、このように鎌倉の川にカワムツが泳いでいるということは、何らかの要因で人の手によって持込まれ、それが環境に適応し繁殖してしまったことが考えられます(国内移入種)。

★タウンニュース鎌倉版 2021年9月03日号(No.814)
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(砂押川編①)寄稿文より

<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・梅田川編)~まさかのアユ遡上~

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<写真>
アユの乱舞(アユの食作法か?)
四方八方からの不規則な素早い動きでも、互いにぶつからないのが不思議でならない。

<本文>
梅田川で魚の観察をしていて驚いたことは、オイカワの他に多くのアユがいたことです。「アユが棲む鎌倉の川」、今や夏の風物誌として市民の方に知られつつありますが、この梅田川のアユに関しては「よくぞここまで上ってきた」と特別な想いがあります。それは、多くの偶然と難所を乗り越え、海から遥々やってきたからです。
今回は、そんなアユの目線になって、川上りの旅をしてみたいと思います。
まず、昨年の初冬に生まれた赤ちゃんアユたちは、沿岸域でスクスク育ち、春になると一斉に各河川を上り始めます。因みに梅田川のアユは、江の島に注ぐ境川河口(藤沢市)からエントリーします。境川を上ること藤沢地点で柏尾川との分岐点に差し当たり、柏尾川ルートを選んだアユたちは限りなく上流(横浜方面)へ向かいます。途中の大船地点につくと、梅田川に行くアユにとって最大の難所を迎えます。それは小袋谷川の流れ込み(東海道線の鎌倉踏切付近)のことで、落差と急流がアユを寄せつけませんが、それでも果敢に挑み続けます。
そして見事、難関を突破したアユたちは、支流の梅田川に入り、狭い水路を進み最終目的地となる観察場所に到着します(6月頃)。
そんなアユの賑わいもあと1カ月ほど、秋が深まる頃には、産卵のため海へ下ってしまうでしょう。

★タウンニュース鎌倉版 2021年8月27日号(No.813)
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(梅田川編⑤)寄稿文より

<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・梅田川編)~オイカワの産卵~

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<写真>
~神秘的で最も美しい瞬間~
顔にある白い点々は追星(おいぼし)といって、婚姻色のオスに現れるシンボルといえます。

<本文>
前回はオス同士の美しい戦いにフォーカスをあてましたが、今回は生涯のクライマックスでもある産卵に密着したいと思います。産卵の観察に求める条件は3つ。1つ目は「美しく強いオスを探すこと」、2つ目は「産卵床となる砂地を探すこと」、そして3つ目は「産卵の前兆を知ること」です。一見難しそうに見える観察テクニックも、そのポイントさえ押さえておけば、感動的なシーンをより簡単に見ることができるでしょう。

まず、オス同士の激しい争いは、産気づいたメスの争奪戦からきており、やはり大きくかつ派手なオスが優位に立つようです。そして、はれてカップルが成立すると、メスを産卵床となる砂地へと誘導し、オスは体をブルブル震わせメスへの産卵行動を促します。
もしメスにその気があれば、オスに同調し、川底の砂を巻き上げながら放卵・放精します(砂を被せるのは、卵を外敵から守るため)。しかし、その瞬間に下位のオス達が力ずくで紛れ込むこともしばしば、自分の遺伝子を後世に残したい一心でしょう。ただ、メスにその気がなければ、再び仕切り直しとなり、その恋の駆け引きは延々と繰り返されます。
この産卵の光景はアチコチで見られますが、僅か5秒ぐらいの出来事のため他への目移りは厳禁、「二兎を追う者は一兎をも得ず」です。

★タウンニュース鎌倉版 2021年8月6日号(No.810)
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(梅田川編②)寄稿文より

<見逃し配信> 清流の息吹を訪ねて(鎌倉・梅田川編)~オイカワの婚姻色~

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<写真>
~美しきオス達の熱き戦い~
全てのヒレを広げ相手を威嚇し、己の強さを誇示します。

<本文>
大船という大都会の住宅街に、突如出現する「魚のオアシス」があります。そこは、梅田川の上流域に位置する大船中学校(西側)沿の約200メートル区間のことで、覗いてみると多くの川魚達が迎えてくれます。
しかし、その梅田川の存在については、近隣住民の方や、川沿いを生活道路として利用する方が知っている程度で、大半は地下や路面下に隠れ、また人目につかないところを流れていることもあり、あまり馴染みのない無名の川というのが、私の第一印象でした。それ故に、こんなに豊かな川であったのかと驚きを隠せません。
今回はそんな梅田川にフォーカスを当て、夏休み企画として、この川の主役的存在でもある「オイカワ」を中心に、観察の見どころを惜しみなく紹介していきたいと思います。
さて、オイカワとは日本古来の淡水魚で、川遊びの名脇役といわんばかりのポピュラーな魚です。そして、この時期注目を浴びるのは繁殖期のオス。オスの婚姻色の奇抜な美しさは、日本の川魚の中ではトップクラス、南国トロピカルフィッシュにも引けを取らないでしょう。
真夏の炎天のもとで繰り広げられる美しいオス同士の戦いは、まさに豪華絢爛(ごうかけんらん)なアクロバットショーといったところでしょうか。この光景は、~夏休みいっぱいまで楽しむことができます。

★タウンニュース鎌倉版 2021年7月30日号(No.809)
【連載】鎌倉淡水魚紀行 清流の息吹を訪ねて(梅田川編①)寄稿文より

こどもタウンニュース(かまくら版)2021年(令和3年)夏号

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タウンニュース社が発行する「こどもタウンニュース(かまくら版)/2021年(令和3年)夏号」の自由研究欄を担当することになりました。
未来のある子供たちのために、(魚のことで)何かしてあげれたらいいなぁ~と考えていた矢先でのオファーでした。編集長の卯辰さん、ありがとうございました。
このかまくら版は、鎌倉市の市立小学校(16校/総児童数:約8000人分)向けに配布されました。配布先は(あいうえお順に)、「稲村ヶ崎小」「今泉小」「植木小」「大船小」「小坂小」「御成小」「腰越小」「関谷小」「玉縄小」「第一小」「第二小」「西鎌倉小」「七里ガ浜小」「深沢小」「富士塚小」「山崎小」の計16校になります。

これは私が過去に書いたブログがベースになりますが、学校の夏休みの自由研究で何らかの手助けやヒントになれば嬉しいです。スケッチするのもよし、絵日記を書くのもよし、写真を撮るもよし、ミニ図鑑を作るもよし、テーマ、好み、楽しみ方は皆さんそれぞれでいいと思います。
普段見る何気ない川でも、何か1つを知ることで、色々な「気づき」と「発見」をもたらせてくれることでしょう。そのキッカケを作るのが、私の役目だと思っております。

また参考資料として、私が過去に書いた記事(鎌倉淡水魚シリーズ)も載せておきますので、もし必要でしたらご参考ください。

1)神戸川物語(第1話) 5月・稚アユの遡上のはじまり
2)神戸川物語(第2話) 6月・水辺を踊る若アユ達
3)神戸川物語(第3話) 7~8月・盛夏の美しいアユ達の戦い
4)神戸川物語(第4話) 名脇役・ボウズハゼの求愛行動
5)神戸川物語(第5話) 名脇役/野生のウナギ観察
6)神戸川物語(第6話) ハゼの求愛ダンス(恋の行方は~)
7)神戸川物語(第7話) 川の忍者・カワアナゴ
8)神戸川物語(第8話) 瑠璃色の宝石・カワセミ
9)神戸川物語(第9話) アユとのお別れ

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観察の極意を極めれば、こんな光景も見られるでしょう(魚達もリラックスしております)。

★私から皆さんにお願い★
観察する誰もが「新たな発見者」になります。
もし、知らない魚、面白い魚などに出逢ったら、是非私にもお知らせくだいね!
私はずっと鎌倉に住んでおりますが、毎年、毎年、新たな発見で驚かされることばかりです。私の立場上、自分の目でみた、かつそれを証明できる(ちゃんと写真が撮れている)魚だけにフォーカスして、それを実績として載せていますが、実際のところ、写真が撮れていない魚、私が気づいてない魚、などなど多く生息していると思います。そのため、どうか先入観を持たず、未知なる出会いを求め、宝探し的なワクワク感をもって、観察に挑んでもらえればと思います。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 春の谷戸とホトケドジョウたち

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鎌倉にもやっと春が来ました。
谷戸の里山にはヤマザクラが開花し、ウグイスが鳴き立て、ここに身を置くだけであらゆる生命の息吹を感じる事ができます。それは動植物だけでなく、世の中も、そして気分までもが・・。とにかく春が訪れると何もかも活気づくのです。

そんなこんなで、春は一気に駆け込んできましたが、“山が笑う” いわば「春らしい風景」を堪能できるのは、せいぜい1週間程度と短く貴重なのかもしれません。でも私はそんな儚さが好きです。

さて今回の舞台は、鎌倉市の中央部(山崎地区)にある「鎌倉中央公園」です。
かつては “双子池(ふたごいけ) ”の愛称で親しまれ、そこは私の幼少期(30ウン年前)に魚捕や魚釣りを覚えた場所、いわば私にとって原点であり、まさに教科書的な場所でもありました。この公園は小高い山や丘陵に囲まれた谷戸に位置し、この谷戸の小川には鎌倉市内でも数少ないホトケドジョウの生息場所の一つとして知られております。

今は緑地公園化され、池の周辺は大規模に舗装整備されました(※釣り禁止です)。
そこには管理事務所・休憩所・自動販売機・トイレ、そして駐車場まで…もう至れり尽くせりで、当時と比べるとだいぶ様変わりしておりました。ただ当時の面影も十分に残っており30年前の記憶が少しづつ蘇り、公園のシンボルでもある巨岩(獅子石/ししいし)”も健在! 今となればこの獅子石が、往時を偲ぶよすが となっております。
そして何よりも30年以上経った今、開発を逃れこうしてホトケドジョウが生息し続けていた事に感動しました。

私の幼少期を過ごした昭和晩期(1980年代)とは、
経済発展を成し遂げ、都市開発、そして環境破壊と環境汚染を目の当たりにしてきた子供世代でもあり、メディアからも大人世代からも “古き良き時代” ばかりを聞かされてきた世代でもありました。
そんな中、この双子池周辺は昔ながらの田園風景が広がっており、小川にはドジョウやホトケドジョウ、コイ、フナ、サワガニ、ザリガニ、淡水シジミが多く生息しており、まさにそこは生物採集のオアシス!、泥んこになりながら触れ合っていたのを記憶しております。
そもそも、この双子池はもともと灌漑用水として作られた池で、田植えの時期になるとここから水を引き込みますが、ここで面白い現象が起きます。ちょうどこの時期は池の住人(コイやフナなど)の産卵期と重なり、それらの卵も一緒に田んぼに流れ込んできますので、梅雨明けの頃には5センチほど幼魚たちが田んぼを賑わせておりました。よく農家の爺ちゃんから「魚を捕ってもいいけど、畦道(あぜみち)だけは崩すなよ~」と釘を刺されておりましたが、あまりに魚捕りに夢中になりすぎて、畦道を崩してしまう事もしばしば・・・、よく叱られたのを覚えております(1981~1988年/昭和56年~昭和63年頃)。

当時、子供だった私にはまだ知る由もありませんでしたが、昭和晩期1980年代後半になると宅地開発の計画が持上がり、開発と保全をめぐり議論がなされ、環境破壊の危機が目の前に迫っておりました。そこで鎌倉市は「緑の基本計画」で(都市林公園にして)自然を残す事を決定し、開発が予定されていた事業用地を市が買取り、自然公園にする事でひとまず決着がつきました。

1990年に入る頃、遂に公園化に伴い大規模な工事が開始されました。
このエリアは暫く立入禁止になり、大型重機が容赦なく山と緑を削り、かつて遊んでいた場所が無残にも変り果てていく姿をフェンス越しに見ていたのを今でも覚えております。当初はどうなってしまうのだろうと複雑な気持ちでしたが、それが10年…20年…と長い年月を経て、公園は自然に馴染むようになり美しい場所になっておりました。

そして現在、公園では緑化事業の一環として、市民活動団体の方々の協力により自然環境の保全活動と文化継承が行われ、30年経った今も昔ながらの里山風景と田畑が残されております。そのおかげで昔と変わらず自然が残り、ホトケドジョウが生き延びている事に、また次世代の子供達が(かつて私達が遊んだように)泥んこになりながら生物採取に楽しむ姿を再び見ることができた事に感動しました。息子や子供達に生物採集を教えながらも、むしろ私の方が懐かしみ楽しんでしまったのは言うまでもありません。

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こうして子供達が自然や生物に接する事、これが自然の大切さを理解する最高の機会だと思っております。その為にも私に何ができるかをいろいろ模索し考えているところです。
こうやって自然が残る環境があるからこそ、そこに生息する動植物たちが相互に影響し合って、この生態系が維持されております。生物の観察やふれあいを楽しんだら、速やかに元の場所に戻してあげましょう。そして生物の持込みも、持出しも生態系を崩す事になりますのでやめましょう。「とっていいのは写真だけ」「残していいのは足跡だけです」。たったそれだけを意識する事で、この生態系は維持されることでしょう。

★真冬の鎌倉を楽しむ★ 春を先取り!一味違ったサクラを楽しむ(桜貝拾い)

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「師走」「年越し」「正月」「みかん撒き」「七草」「鏡開き」「どんど焼き」「大寒」・・、これら冬行事を次々に終え、冬も折り返し地点を迎えました。
そして2月に入り「節分」も過ぎ、暦上ではやっと “立春” になったものの、厳しい寒さはしばらく続きそうです。「新春」「迎春」「立春」・・・、春のハシリを活字で目にするようになったものの、やはり桜が咲かないと本当の春とはいえません。そんな桜の便りなんてまだまだ先の話、梅の花もポツポツな今日この頃です。

そんな真冬の鎌倉では、ひと足早く、また一味違った “桜の楽しみ方” があります。
それは海辺での「桜貝拾い」であって、波打ち際に散りばめられた桃色ピンクの美しさに魅せられ、また宝物探し的なワクワク感もあり、誰もが夢中になれるのが最大の魅力です。

桜貝とは・・・、
分類的にいえば、本家サクラガイをはじめ、モモノハナガイ、オオモモノハナガイ、カバザクラ、べニガイなどなど、これらピンク色した小貝を総称して「桜貝」と呼んでおり、特にここら一帯にはカバザクラが多く生息しているように思えます。貝殻は薄くて透明感があり、それはまるで淡桃色の薄ガラスのようです。手中に握りしめればすぐに割れてしまうし、自然下でも波砂に揉まれれば粉々に消えてしまい、何とも儚い運命の持ち主なのです。その美しさを留めておくには、透明な瓶などの容器に入れておくのがよいでしょう・・。
まさに努力の結晶が詰まった、何とも(鎌倉らしい?)小洒落たインテリアに早変わりです。

桜貝が採れる場所は、鎌倉付近の海岸ですと「材木座」や「由比ガ浜」が有名ですが、鎌倉西部エリアですと、江の島を境に東浜(腰越側)や西浜(江の島水族館付近)でもよく見かけます。因みに、私は東浜派で、天気の良い休日には家族連れて散策することが多いです。そんな海辺は貝殻の宝庫、もし波打ち際で足元に目を凝らし歩いている人がいたら、それはサクラ貝を探している人かもしれません。ただ先客がいたからといって諦めることはありません。たとえ人が探した後でも打ち寄せる波ごとに状況は変わり、新たな探人にチャンスを与えてくれるからです。

この “桜貝拾い” ・・・特にこれといった奥義はありません。
成果としては、1時間粘ってたった2~3枚で終わる時もあれば、波打ち際に「これでもか~」と言わんばかりのサクラ貝が打ち上げられる時もあります。こればかりは時の運、また自然相手の遊びなので、数と状況は選べませんが、それなりの成果が形として表れるのがよいのです。
海辺の訪問者にお土産をもたらしてくれる桜貝、ただあまりにも夢中になりすぎ、押し寄せる波に気づかず足を濡らす人も数知れず(私も含め)、ご注意あれ・・・。
タイトルの趣旨より、真冬を舞台に書いておりますが、“桜貝拾い” そものもは一年中楽しむ事ができますので、その点だけ補足しておきます。

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東洋のアマルフィ―?といえる海岸沿い(稲村ケ崎~七里が浜)。美しい絶景を求め、晴れた日は多くの人で賑わいます。

★真冬の鎌倉の楽しむ★ 私へのご褒美(稲村ケ崎の写真撮影)

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▲紅富士(稲村ケ崎)・・・・
撮影時間は、真冬の早朝(日の出前)のたった1分間! 根気を要しますが喜びも感動もひとしお。
富士山好きの人なら、一度はチャレンジしてみたい紅富士!いわば富士山撮影における登竜門の一つといえます。
太陽がまだ届かないシアン調の寒い風景に、富士山頂から徐々に紅色に染まっていく美しさは、この時この場に居合わせた者だけに与えられるご褒美といったところでしょうか。
真冬の早朝にちゃんとそこへ出向く習慣をつければ、その努力と根気に見合った成果が得られ、その達成感に浸りながら飲むコーヒーは格別に旨いです。

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▲晴天富士(稲村ケ崎)・・・・
これぞ稲村ケ崎のスタンダードであり王道でもあるパノラマ絶景。
撮影時間は(もし晴天の青色風景を撮りたい場合)順光である午前中がお薦め。晴天だけでなく、波(つまり風)も味方につけるとGOODです!
午後~夕方に向けて逆光になるので不向き(←幻想的な風景を狙う中級~上級者向け)。

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▲夕富士(稲村ケ崎)・・・・
撮影時間は、日没後~30分ぐらい。
夕暮れ後に浮かび上がる山々の稜線は美しいですが、それだけではイマいちパッとしません。
そんな宵闇(よいやみ)の湘南に “ライトの明かり” が浮かび上がることで、初めて「夜の稲村ケ崎」が表現されます。
私が思うベストな時期は、江の島灯台がライトアップれる時期(11月~1月)と休祭日がらみ(車の渋滞でライトが湾岸線を連なりキレイ)がオススメ。「自然美」と「人工美」の異質なコラボレーションが楽しめます。

改めて紹介します。
ここは稲村ケ崎(いなむらがさき)といい、鎌倉市内で富士山が見れる景勝地の1つです。
左手には相模湾・・、中央には江の島・・、右手には湾岸線・・、そして背景には伊豆半島から箱根へと山々が連なり、それら仕上げに富士山がキッチリまとめている。そんな数々の名所を欲しいがままに1枚におさめる事ができるパノラマ絶景が、ここ「稲村ケ崎」の魅力なのかもしれません。
しかし、不思議な事にこの壮大な景色の寄せ集めだけでは、(写真として)イマイチぱっとしません。この中に、小さく粒々な被写体(波・雲・鳥・サーファー・釣人・観光客・湾岸沿いを走る車のヘッドライトやテールランプ・建築物・信号・江の島灯台などなど)がとても重要な役割をしております。また山ひとつとっても、手前から湘南平、足柄山地、金時山、明神ヶ岳、明星ヶ岳、箱根山などなど、様々な山々が存在し、またそれら濃淡が重なり合い一つの山景色を作り上げています。
これら名脇役が入るか否かで、写真のまとまり方や風景の意味合いが大きく変わってしまうのです。 

これを言ったらヨーロッパのツーリストに怒られてしまうかもしれませんが、東洋のモンサンミッシェル(江の島)と東洋のマッターホルン(金時山)、そして東洋のアマルフィ―(海岸沿いとその店並み)といったところでしょうか・・・(※)。

※因みに、
①モンサンミッシェル(=フランス西海岸の小島に建てられた大聖堂/世界遺産)、②マッターホルン(=アルプス山脈の一つで、スイスとイタリアの国境にある4000m級の山)、③アマルフィ―(=南イタリアのソレント半島にある海岸/世界遺産)の有名な観光地のことですね。

ただ、この場に何度通ってても、こんな全裸で率直な富士山は珍しいかもしれません。
さて、この冬の時期、太平洋側にある鎌倉では空気が乾燥し晴天が多いです。しかし日本海(鳥取)育ちのカミさんからすると、この長閑な太平洋の光景はとても珍しく見えるようです(冬の日本海は灰色の空に荒狂う海!というイメージをもっているようで)。
この時期は、富士山など風景撮影にも適した時期と言われ、晴れた日は多くのカメラマンが稲村ケ崎に訪れます(鎌倉市内でナンバーワンの撮影ポイント)。撮影のテーマ、好み、楽しみ方は皆さんそれぞれですが、比較的に根気を要するのは、日中や夕方よりも早朝の紅富士でしょうか。私自身も素人ながらここ稲村ケ崎で紅富士を撮るべく、夜明け前の湾岸沿いを自転車で走らせ、極寒に耐えながら夜明けのチャンスを待ちます。

「紅富士」とは、富士山に積もった雪に朝日(もしくは夕日)が当たって紅色に輝く現象のことをいいます。富士山頂から徐々に紅色に染まっていく様子は感動もので、いよいよ「来るよ!来るよ!」と心を高ぶらせ「キタ~」とシャッターを押します。
ベストシーズンは、富士山に多くの雪が積もる12月~2月で、空気の澄んだ晴れた日がベターです。事前にその日の「天気予報」と「日の出時刻」などを調べ、当日は日の出時刻の「15分前」には撮影現場に立つような段取りでよいでしょう。

そこで今回のブログ記事では、
夜明けから紅富士へと変貌を遂げる様子を時系列で解説していこうと思います(↓)。
撮影日/2019年2月1日の場合)

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この時期、午前6時前ですと、まだ真っ暗で山の様子が全く分かりません。
それが6時を過ぎる頃、東の空が明るくなるにつれ、西側に聳え立つ山々も徐々に露わになり、ここで初めて被写体となる山々のコンディションの良し悪しが分かってきます(画像1)。
日の出の15分前、まず富士山の遥か上空から赤に染め(画像2)、そして空の赤いカーテンがどんどん高度を下げ、遂に富士山の頂上に差し掛かります(画像3)。山頂から紅色に染め上げ、いよいよクライマックスを迎えます(画像4)。富士山の積雪個所(白い部分)を全て紅色に染まった瞬間が “紅富士タイム” となります(画像5)。そして太陽の光が伊豆箱根の山々、そして鎌倉の街にまでさすと(ここが鎌倉の日の出の時間)、もう光の波長は赤から白へと薄くなり、紅富士タイムも終わりを迎えます(画像6)。

運よく(雲がなく)、富士山が全貌を現し、朝日が山頂を真っ赤に照らす …いわば  “紅富士タイム” はたった1分ほどで、今がチャンスと言わんばかり多くのシャッター音がアチコチ響き渡ります。
私は雲がかかっていない山々を好みますが、でも実際には雲が全くかかってない “全裸の富士山” を見れる日は意外と珍しく、そう簡単には写真を撮らせてくれません(たとえ天気予報では晴天であっても大抵はどこかしらに雲が掛っているのが殆ど)。成功率でいうなら10回足を運んでも1回あるか否かの程度です。

撮影が終われば、余韻に浸る間もなく各々がすぐさま仕事に・・今日も忙しい1日が始まります。
キレイな富士山が見れた時の感動は計り知れませんが、“満喫” には程遠く、何とも儚い、しかも地味で根気のいる早朝日課でした。

そんな気まぐれな自然が相手なので、ただ努力すれば叶う訳でもありません。勿論、行かないと成せない事が前提ですが、「成すか否かは時の運」と気楽に割切れる術を身につける必要があります。それを可能にするのは、決して気張らずその場に足を運ぶ習慣を作り、その習慣を自身に染み込ませるかですね。周りの方を見てもそんな感じで、気持ちをニュートラルにしているように思えます。

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紅富士の数分間、サーファー達の動きがピタッと止まっているように思えます。この紅富士の美しさを誰よりも知っているのはサーファー達なのかもしれません。

ハンザキ(オオサンショウウオ)夜間撮影 ~伯耆国・大山開山1300年記念~

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国の特別天然記念物ハンザキ(オオサンショウウオ)の撮影。鳥取県大山町の河川にて。

草木が眠る丑三つ時、山陰部落の山沿いを歩いてみる・・・、
街灯のない山間部は恐ろしいほど暗く、足元を照らす懐中電灯をパッと消そうなら、辺りは一瞬にして漆黒の世界と化す。そんな暗闇に身をおかれると、いかに人間が弱い生物であるかを思い知らされる。微かな物音ですらビクッとし、背中の汗がスッ~と滴るだけで背筋がゾッとする。もうここまで恐怖心が研ぎ澄まされると、お化けや妖怪にとって格好の餌食なようなもので、いつ奴らが出てきてもおかしくないと(覚悟を決めてしまう)。

ただ私も怖がってばかりはいられない。この川に棲んでいるヌシに会いたい一心で、カメラを持ってこの闇の中で肝試しをしているようなものである。

そして、滝にライトを照らすと沢登りする川のヌシを発見!
そう、この川のヌシこそが、太古2500万年以上前から姿形を変えていないハンザキ(オオサンショウウオ)だ。中国山陰地方では、このオオサンショウウオのことをハンザキと呼ばれている。
一歩、そしてまた一歩、流れに逆らいながらも力強く登ろうとする姿は、まるで地獄から這い上がる妖怪そのもので、その無表情さといい、このブツブツ感といい、薄気味わるい。もちろん、この生物に対して最高の褒め言葉である。その唯一無二の存在感は、もう近代生物では例えようがなく、両生類というよりむしろ恐竜に近いといってよい。

では、その見かけをスイーツで例えるなら、大きな「黒ごま饅頭」をペチャンコにして、そこに「タピオカ」を散りばめた感じ。強引な例えだが、もうこれ以上に説明しようがない。

写真撮影の相手が相手だけに、こういったチャンスは滅多にない。しかし根気よく続けていると、こういう出会いもやってくるもので、その時はいつも突然!「待ったナシ」の一発勝負だ。まさに己が試された瞬間的な一枚であった。

さて、今回のブログ記事は、山陰地方(鳥取県大山町)の里山が舞台です。
年に1回、恒例の大山への里帰りも今年で15回目を迎え、家族皆がこの日を心待ちにしている。しかも今年(2018年)は「伯耆国大山/開山1300年」という記念すべき年で、鳥取県にとって歴史的にも大きな節目を迎え、その盛り上がりは凄まじいものであった。

因みに、大山(だいせん)とは、鳥取県にある中国地方最高峰の山(標高1729m)のこと。かつて大山の山そのものが信仰の対象とされ、そこに大山寺が建てられた年(奈良時代718年)を起源とし、2018年でちょうど1300年を迎えたのでした。伯耆国(ほうき)とは、鳥取県西部(倉吉、大山、米子、境港)の旧国名の呼び名で、鳥取県に入るとよく目や耳にする言葉である。そのため、大山ひとつとっても、伯耆大山(ほうきだいせん)とセットで呼ばれることが多い。
そんな大山周辺エリアの川は、オオサンショウウオの生息地として昔から知られております。

オオサンショウウオとは、日本を代表する国の特別天然記念物であり、また世界最大の両生類であり、生物界においては十分すぎるほどの認知度です。たとえ実物を見たことがなくても、写真や図鑑など何かしらの形で見たことがあるのではないかと思います。
因みに、日本の「天然記念物」とは、文化財保護法に基づき文化庁が管轄しており、日本にとって学術上価値が高いものを守る(=日本の「自然史」や「文化史」を守る)ことを最大の目的としている。その対象となるのは、1)動物 2)植物 3)地質鉱物 4)保護区域の4つのカテゴリーに分けられており、現在約1000件の天然記念物が登録されているといわれています。
中には「これのどこが天然記念物なの?」とツッコみたくなるもありますが、その中でとりわけ重要な位置づけのものを「特別~」と格上げし、現在、その特別天然記念物は75件が登録されている。その中の動物部門では21件(全75件中)の登録があり、このオオサンショウウオをはじめ、トキ、ライチョウ、カモシカ、イリオモテヤマネコ、タンチョウなどなど、どれもその希少さゆえによく聞いたことあるメンバー達ばかり。
そんなオオサンショウウオも1952年(昭和27年)に特別天然記念物に格上げされたが、それまで地方山間部では貴重なタンパク源として食されていたことは意外に知られていない。
あの陶芸家であり美食家でもある魯山人(北大路魯山人/明治16年~昭和33年)がオオサンショウウオを料理して食べた話は有名で、著書(魯山人味道)によると、「フグとスッポンを足して2で割ったような味」と書かれている。あれだけグロテスクな姿ながら、皮を剥ぐと身は美しく味は上品という。それゆえ川の鮟鱇(アンコウ)に例えられたりもした。

そんな私がオオサンショウウオに興味を持つようになったのも、カミさんが鳥取県大山町出身である事が大きい。そしてここまで熱く語るのだから、さぞかし多くの出会いがあったのであろうと思われがちですが、実はたった4回しか出逢ったことがありません。ハンザキの生息地として有名だからといっても、そう滅多に会える生物ではないのです。15回の里帰りうち4回の遭遇なので、遭遇率は25%ほど(4年に1度会えるか否か)と非常に低い。

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ちょっと気分転換。ここで鳥取大山町はどんな町であるか? ちょっとだけ観光案内します。
まず大山へのアクセスは、飛行機を使うと案外と近く、まずは大山の玄関口である米子(よなご)へ向かいます。
東京からですと、羽田空港からANA(全日空)が米子への定期便を飛ばしており(その就航数は何と1日4本という充実ぶり!)、フライト時間もたった1時間ちょっと。羽田を離陸して~、上空でお茶飲んで~、そしてうたた寝する頃にはもう着陸の機内アナウンスが・・・。せっかくの楽しい空旅なのに、ちょっと物足りなく感じでしまうほどの短さです。
ここで私からのワンポイントアドバイス! もし「米子行き」のフライトに乗る時は「左側」の座席を選ぶと良いでしょう。天気がよければ、上空から「富士山」と「大山」を望むことがで、まさにWチャンスがあるからです(右側席だと見れない可能性大です)。
そして米子に到着すると、山陰本線という日本海沿岸を走るローカル線(単線のワンマン電車)に乗換え、大山方面へ向かいます。果てしなく続く真っすぐな1本の線路に、日本海と田畑の風景が延々と続きます。沿線にある駅の殆どは無人駅で、その長閑で田舎的な雰因気はオツなものであるが、いかんせん運行が1時間で1本あるか否かなので、もし乗り遅れようなら命取りです。また列車の乗降時も注意が必要で、自ら「開閉ボタン」を押さないとドアは開きません(手動式)。

そんな土地柄なので、生活の足となるのはやはり「車」であり、何をするにも車が必要となる。徒歩圏内にコンビニがなければ、徒歩で買物に行くという感覚は、0ゼロ(ない)と言ってよいでしょう。そのため、車の所有率が非常~に高く「一家に一台」ではなく「一人一台」レベル、もう車はただの移動手段だけではなく、良き相棒みたいな存在です。それはカミさんの実家でも例外なく人数分の車(+農作業用の軽トラ1台)が備わっていた。
山陰の地に足を踏み入れると、そのライフスタイルだけでなく、そこに生息する生態系までもが全く異なっており、全ての出会いや体験が私にとって新鮮であった。
また地理的観点からも、日本海側に面した山陰地方(さんいん)は、太平洋側(瀬戸内)に面した山陽地方(さんよう)とは対照的に、山影や雲(つまり雨や雪)が多く、普段の大山は雲に覆われていることが多い。しかし、夕方になると急に雲が消え、視界がパッと開け、山頂が露わになる時間帯がある。これが毎日のように起こるものだから不思議でならない。そして、その後に訪れる夕日は「本当に美しい!」の一言に尽きる。「夕日なしには山陰は語れない!」これはカミさんがよく口にする言葉で、この夕日の美しさは山陰で暮らす皆が知るところである。

そしてもう一つ、鳥取県西部を語る上で、触れておかなければならないのが「妖怪」の存在である。
この天井画は、大山寺の塔頭(たっちゅう)である円流院にて、108枚もの妖怪画(ゲゲゲの鬼太郎シリーズ)がはめ込まれている。
そう「ゲゲゲの鬼太郎」の生みの親である「水木しげる」氏は、鳥取県が誇る妖怪漫画の第一人者である(鳥取県の境港市出身)!
冒頭で、鳥取県西部エリアを=伯耆(ほうき)と述べたが、それ以上に露出度が高いのは、間違いなくこの「キタロウ」であろう。それは米子を歩くだけで十分に説明はつくが、境港の水木しげるロードや記念館をはじめ、お土産、観光ポスター、列車のペイント(境港線)、そして極めつけは米子空港の名前までもが(米子鬼太郎空港に改名)~、兎にも角にも “ゲゲゲの鬼太郎” 一色なのだ。NHK連続テレビ小説の「ゲゲゲの女房」を皮切りに、この10年の鬼太郎ブームは相当なものであり、2015年作者没後も~、そして令和になった今も~、この鬼太郎旋風は衰えるどころか、むしろ勢いを増しているのであった。
そんな水木しげる氏の世界観は、(良い意味で)薄気味悪く独特なものであるが、やはりこの山陰という深山幽谷の地で育ったからこそ、このような妖怪作品が生まれたのでは?、私にはそう思えてなりません。

閑話休題!ハンザキの話に戻します。
さて、私が生まれて初めて野生のハンザキに出会ったのは、2006年/年末年始の帰省の時。
ここは冬の日本海、灰色の空に荒れ狂う海、そして降りしきる雪。とにかくやる事がなくノンビリと過ごす日々でした。そんな中、唯一の暇つぶしを見出したのは、冬の「雑魚釣り」であって、雪のやむ合間をみては竿とバケツを持って最寄りの川に出向くのでした(※ここでの雑魚=カワムツやタカハヤのことをいいます)。そんな雑魚釣りを楽しんでいたら、川底に巨大生物らしきものが横切ったのでした。
その大きさは80センチほどで、初めは「岩かな?」と錯覚したが、それには間違いなく短い手足がついており、ゆっくり動いているのである。気温は0℃、水温もわずか数℃といったところであろう。両生類などの変温動物は、寒くなると冬眠するのが一般的ですが、このハンザキに関しては例外で一切冬眠をしないことを知った。雪の降りしきる真冬でも、逞しく活動していたのでした(もちろん、この同じ川に棲むイモリや他のサンショウウオ達は皆冬眠中である・・・)。

そして2回目は2009年9月、
川ガニ捕りで、私が川に仕掛けた蟹カゴにまさかのハンザキが入っていたことでした。もう10年前の話ですが、その時の様子を当ブログに記したのでここでは割愛(↓)。
 
■該当記事*感動!オオサンショウウオ(特別天然記念物)に出会う(2009年9月27日)
■補足資料*山陰の川ガニ(モクズガニ)捕り(2016年11月8日)

そして3回目は2017年11月、
こんどは、地元の方が仕掛けた蟹カゴにハンザキが入っていたのを発見し、それを救出してあげたのでした。2回目からもう8年の歳月が経ち、そう簡単にはハンザキには出会えまいと、半ば諦めかけていた頃でした。そんな気持ちで小川でノンビリ雑魚釣りをしていると、誰かが仕掛けていた蟹カゴに何か違和感を感じ、よ~く覗いてみると大きなハンザキが入っておりました。こりゃ大変だとすぐに実家に戻り報告、そして救助要請するも(家族でドラマを見ながの団欒中で)誰も動こうとはしない。暫くして、やっとお義父さんが重い腰を上げ、その仕掛けを見て開口一番「あぁ~こりゃケンちゃんが仕掛けたやつだなぁ~」と迷うことなく当事者の家へ向かった。

ここは10軒ほどの小さい集落の中で、その蟹カゴを見れば、どこの誰が仕掛けたのかが分かるようです。お義父さんが垣根の外から大きな声で「おーい、ケンちゃんのカゴにハンザキが入っとるぞぉー」と状況を伝えたら、家の中から「じゃー逃がしといてくれぇー」と、やっつけな返事がきただけで当人が家から出てくることはなかった。当人としては(ハンザキなんてどうでもよく)お目当てのカニが入ってなくて残念そうな雰因気であった。後々話を聞くと、どうやら町内会の飲み会があり、その酒のアテとして川ガニを調達したかったらしい。

お義父さんから「ハンザキに噛まれたら大怪我するけん!」と軍手とメジャーをポンと渡され、ササッと家に帰ってしまいました。お義父さんからすれば、せっかくの八つ時の団欒をこのハンザキのせいで強制的に損なったわけなので、早く仕切り直しをしたかったのであろう。
そんな大役?を任せられた私は、すぐにカゴを手繰り寄せ~、カゴを開け~、クネクネと暴れるハンザキを出して(噛みつくこうとするのもかわして)~、真っすぐになったところにメジャーを当てて計測、そして元の場所に逃がしてサヨナラっと(※)。私も2度目の経験だけあってオテノモノ、その一連の作業に迷いはなかった。

8年ぶりの再会ながらも、またもや呆気ない別れでした。でも、何よりも5歳の息子に野生のハンザキの姿を直に見せてあげれたことが、今回の旅での一番の収穫だったかもしれません。

※)ハンザキは自分の巣穴を持っており、日中はそこを塒(ねぐら)にしている場合が多いです。そのハンザキは巣穴に対して相当なこだわりを持っているようで、その巣穴となる条件には、まず「入口が狭く」「奥行きが深く」かつ「奥が広く空洞になっている」などが挙げられ、少なくてもこれらをクリアしてないとダメなようです。なので、もし何らかでハンザキを捕獲してしまった場合は、必ず同じ所に逃がしてあげるようにしてください。

山陰のローカル新聞でも、このハンザキの捕獲ネタで誌面を賑わせることがあるが、仕掛けた当事者たちのコメントはというと決まって同じで「もう50~60年、川ガニ捕りをやっているけどハンザキが入ったのは生まれて初めて」と皆口を揃えていう。今回の当事者も「ハンザキが入ったのは人生で初めてだなぁ~」と言ってたし、ましてお義父さんにいたっては「ワシも50年以上やっているけど一度も入った事がない」との事でした。このように話題には上がるものの、一人一人に巡り会う確率は非常に低いのかもしれません。

そして4回目になると、こんどは「自然でありのままのハンザキを撮りたい」という気持ちが強くなり、今回の夜間撮影に踏み切ったのでした。

たった4回の出会いながらも、私に感動と経験、そして多くの知識をもたらせてくれたのは言うまでもありません。それと同時に、地元町民とハンザキとの関わりも見てきましたが、その対応はいたって「ふつう」であった。むしろ大騒ぎしているのは、部外者の私だけであって、カミさんも、その家族も、近所の人も家から出てくることがなかったし、その後話題に出ることもなかった。その感動レベルは非常に低く、おそらく日常茶飯事なのであろう。

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大山寺の近くにある金門にて(標高約800メートル地点)

2500万年もの前から姿形が変わっていないオオサンショウウオの存在は、進化の過程を知る上でも、重要なポジションであると言われております。
しかし、このように変わらない(=進化しない)というのは、どの時代においてもこれが最善の形態なのかもしれない、そう解釈することもできます。ただハッキリ言えることは、恐竜時代~現在までがそうであったように、これからも~、そして遠い未来においても同じ形であり続け、このフォルムは常に “時代を先取り” していく事でしょう。

ハンザキの出会いは時の運!
次はどんな出会いになるのか分かりませんが、5度目を心待ちしたいと思います。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第9話・最終回)アユとのお別れ

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 今年はあまりの猛暑で、暦(こよみ)を疑いたくなるほどだった(本当に秋なんてくるのかと)。
しかし、あれだけの猛暑であっても、立秋(8月7日)を過ぎると空は秋になっているし、秋分(9月23日)となれば、夏の名残よりも秋の便りの方が多くなっている。彼岸花なんてまさにドンピシャなタイミングでひょっこり出てくる。この暦の教えは、長い歴史で培った知恵の賜物であり、よくも先人はこの領域まで導き出したものだと感心してしまう。

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あの真夏の鬱陶しかった日差しも今となっては弱々しく、夏の暑さをより一層引立てたセミの声もいつの間にかコオロギに代わり、辺はすっかり秋景色に・・・。それは景色だけでなく、魚にも顕著に表れるようになりました。

あの盛夏の神戸川を賑わせていたアユ達はというと・・・、まだここにおります。しかし、かつての若かれし頃の面影はなく、体は成熟を意味する暗色を施し、身を寄合い産卵のため川を降る準備をしておりました。
それら川を下るアユ達の動きは鈍く、サギやカワセミにとっては格好の餌。このチャンスを待っていたかと言わんばかりにこの時期になるとこの場に姿を見せます。野生の鳥たちも、この自然の教えを本能で知っているのでしょう・・・。

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春、夏、そして秋…、季節の移り変わりをアユと共に過ごしてきたが、いよいよお別れが近づいてきた。9月が終わり10月に入る頃、はじめは数十匹の小さい群れを形成し、それぞれが合流を繰り返し、やがては数百匹、数千匹、そして数万匹へと・・・、“産卵” という生涯の最終目標に向けて神戸川全域にいるアユが集まります。それが一斉に川を下り産卵、そして生涯を終えるのです。
これら川を下るアユのことを “落ちアユ(オチアユ)” といい、釣人の間では秋本番を知らせる季語にもなっております。
因みに、竹を組んで簗(やな)で獲るアユ漁も、アユが川を下る性質を利用したものです。

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アユは年魚(寿命は1年)、もし人間なら70~80年かけて全うする事をアユはたった1年でやってのけます。もちろん、生物それぞれに異なる時間を持っており、生涯のモノサシ尺度が全然違うのだけれども、それにしてもアユは寿命が短く儚いと感じてしまいます。そして、この写真が今年アユ達の見納めです(さようなら)。

それから1週間後・・・。
この記事を書いている今、もう神戸川にはアユの姿はありません。
産卵したアユ達は生涯を終え、卵は2週間程で孵化し~来年春まで沿岸付近で過ごします。そして初夏になる頃には次世代のアユ達が遡上し、再びこの川の水辺を賑わせてくれる事でしょう・・・。このようにアユは、“親は子を知らず、子も親を知らず” な生涯を送りますが、ちゃんと次世代にバトンタッチし続けているのですね。

この光景は決して特別ではなく、普段そこを散歩している誰もが目にする光景ながらも、(当たり前すぎて)見過ごしがちな素朴なネタですが、視点を変えるだけで様々な魅力が出てきました。
私は魚が好きなので、近所の神戸川にフォーカスを当てたに過ぎませんが、様々な分野でも、近所で何気ない散歩道が、もしかしたら今までにない輝きを放ち “特別な場所” に変わるかもしれません。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第8話)瑠璃色の宝石・カワセミ

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神戸川でアユを観察していると、カワセミに遭遇する機会が多々あります。
今回は、私にとって川のマスコット的存在であるカワセミの話題にふれ、より多くの方に楽しんでもらうために、ちょっとした観察のウラ技もお伝えできればと思います。

この時期、神戸川のカワセミ観察の極意は「カワセミを追う」のではなく、「カワセミを引き寄せる」ことです。これは秋が深まるにつれアユが産卵のために川を下り、大好物であるアユの居場所が限られていくので、そのアユの動向さえ追えれば、カワセミもアユを求めて自然と近寄ってくる、という逆転の発想からきています。アユを撮影しているとカワセミが徐々に近づいてくるのを感じます。
カワセミの豪快なハンティングを目の当たりにした時、その感動は計り知れなく、皆さんにとってスペシャルな1日になること間違いありません。但し、まばたきは厳禁!ほんの一瞬の出来事です。

これは余談ですが、カワセミに纏わるトリビアを1つ。
近年の新幹線(500系)の先端フォルムは、空気抵抗を極限にまで減らし、まさにスピードを象徴する美しさですが、実はカワセミの嘴(くちばし)からヒントを得て作られております。このように様々な場面に登場し、名声をほしいままにしたカワセミですが、そのマルチな才能と魅力の持ち主であるゆえ、多くの人たちを虜にさせてきたのかもしれませんね。

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約半年の間、アユを交えて多くの生物に関わりを持つことができ、多くの事を学びました。

カワセミの出会いもその一つで、初めのうちは、私の姿を見ると否や遠くに逃げておりましたが、長いあいだ撮影をしていると、私も自然に馴染んでくるのでしょうか。カワセミもより近くになり、時折リラックスした自然な姿を見せてくれるようになりました(その距離、何と1.5メートル!)。カワセミの眼をご覧頂くと分かりますが、眼に白い膜が被る時があり、その様子は不気味にさえ思えます。これは水中にダイビングして魚を狩る時に、眼を保護する役割をしており、いわば水中メガネのようなものですね。そして、羽をみると、風切り羽(初列・次列・三列)、おおい羽(小・中・大)、小翼羽、そして肩羽・・・と多くの羽が存在し、それぞれが重要な役割を担っている事も分かりました。羽は人間でいう手に該当しますが、あくまでも羽は飛ぶためのツールなので、羽や体のお手入れをする際は、嘴(クチバシ)を器用に使います。ただ、どうしてもクチバシが届かない個所(下顎や喉など)が痒い時は足がひょっこり出てきます(カワイイ)。

そして神戸川のアユ物語もクライマックスへ!次回はアユとの最後の別れをお送り致します。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第7話)川の忍者・カワアナゴ

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9月になると台風や雨が多くなり、アユの観察は一旦小休止。そんな時は気分転換で下流域を散策してみるとよいでしょう。そこは潮の干満の影響を受け、淡水と海水が入り混じる汽水域の世界へ、生態系もガラッと変わります。
今回は、そんな汽水域に生息する「カワアナゴ」という面白い魚を紹介します。アナゴといっても、実はハゼの仲間で、その第一印象は「大きい」の一言に尽きます。神戸川で撮影したものでも25㎝ほどあり、その長さに先人はアナゴと間違えたのかもしれません。
しかし、こんなに大きいにも関わらず、そう簡単には見つけることができないのは何故でしょう。
その理由は「忍法木の葉隠れの術」と言わんばかりに落ち葉と同化し、時には自ら葉っぱになりきり、川の流れに身を任せ漂うのです。その姿を見つけるのは、魚を主食とするカワセミやサギなどの鳥類にとっても難しいようです。
カワアナゴの撮影時、ちょうどゴイサギと鉢合わせに、私はその狩りの決定的瞬間を逃すまいとカメラを構えましたが、サギは足元にいる獲物をそのまま見過ごし去っていったのです。
命の危機が迫っているのに、木の葉を演じ続けるカワアナゴの役者魂は凄い!私の期待を良い意味で裏切ったのでした。

追伸)
台風シーズンになると、この神戸川が氾濫する光景を目の当たりにしてきました。源流から河口までたった2キロで完結してしまうような小さな川ですが、どうしてここまで氾濫するのでしょうか。

故・井上六郎さん著書「時のながれ、津村の流れ」の津村地区の地形考察によると(一部抜粋)、
「この平地の東西を二つの川が流れ、腰中の近く二俣川で合流し相模湾にそそぐ。この二つの川の源は腰越地区にあり、雨が降ると全域に降った雨は急斜面を駆け下り二つの川に入る。大雨になると本龍寺橋から二俣あたりは完全に湖になる。そして文教堂(現在はファミリーマート)前の県道は,稲束、草履,下駄などが流れる川になった。水は秒単位で増え、近くの人は年に何回もある床上浸水に備える。すぐ増水しあっという間に減る。これが実情だった」と書かれております。

台風が過ぎて水位が戻ると、魚達が何変わらぬ様子で泳いでおります。あれだけの荒れ狂う濁流の中、どうやって凌いでいるのかが不思議でなりません。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第6話)ハゼの求愛ダンス(恋の行方は~) 

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ここ神戸川にも多くのハゼの仲間が生息しており、その中でヨシノボリ、ボウズハゼ、チチブハゼの3種は容易に観察できることから、いわば神戸川のレギュラーメンバーといってよいでしょう。そして夏はこれらハゼたちは繁殖期の真只中で、足繁く川に通うと、求愛ダンスだけでなく、産卵に備え巣作り、卵を必死に守る親魚の様子なども観察することができます。
それを見ていて気づくことは、魚にも気性や気質というものがあるんだなぁ~ということ。ハゼたちが繰り広げる恋のアタックは、それぞれが個性的でありました。
勿論、これらは私が見た限りの感想に過ぎませんが、皆さんの視点でその性格や行動なども比較してみると、観察がより面白くなるかもしれません。
このような求愛ダンスは必ずしも成功に終わるとは限りません。一見面白おかしく見えつつも、そのオスの必死さと切なさは、(同じ男として)共感するところが多々あります。

余話~
魚の観察から学ぶ、持続可能な資源の考え(基礎編)
川の魚を観察していて感動したのは、幼魚~成魚(親魚)まで、様々な大きさの魚が棲んでいたことです。これは毎年、親魚がちゃんと子孫を残していて、繁殖や生息環境がシッカリ整っている証拠でもあります。流れの緩やかなところに目をやると、今年の春に生まれた幼魚たちが!大きさは僅か2~3センチと小粒ながらも逞しく生きております。こんな身近な川にも様々な生き物が生息しており、まさに弱肉強食の世界ですが、これら全ての生物たちが互いに影響し合いながら絶妙なバランスで生態系が保たれているのですね。自然界ではごく当たり前な光景ですが、ここに人間が「過剰」に介入すると、この生態系の秩序はいとも簡単に壊れてしまうことを、(過去の経験から)私たちが学び、理解しなければなりません。
しかし、逆を言えば、人間が自然と「良好な関係」を築ければ、人間が介入したとしてもこの豊かな自然は未来へと続くことでしょう。それを決めるのは人間の行動1つ1つなのかもしれません。これぞ「持続可能な資源」の基礎となる考え方であって、この魚の観察を通じて、多くのことを学べる最高な機会だと(私は)思っております。

撮影秘話~
このボウズハゼの求愛行動の写真を見て、とても難易度の高い撮影ではないかと?そんなご意見が寄せられました。しかし、それはズバリ違います!このように見かけは難しそうにでも、分かってしまえば非常にシンプルそのものです。ここで読者の皆さまには「種明かし」をしたいと思います。
まずは婚姻色のオスを探すことから始まります(ひときわ目立つ色調なので見つけやすいです)。それが見つかればあとは簡単!そのオスをずっとカメラで追うだけです。
このように華やかな婚姻色のオスは、基本的に「やる気満々」ですので、自らメスを探しに行くわ~、オス同士で喧嘩するわ~、とにもかくにも自己アピール満載なパフォーマンスを見せてくれます。後は、良いタイミングと思ったところでシャッターを押すだけです。その場その状況にいれば誰でも簡単にできてしまうでしょう。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第5話)名脇役/野生のウナギ観察

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夏の神戸川でアユの撮影をしていると、カメラのファインダー越しに思いがけない珍客が入り込むことが多々あります。ウナギもその一つで、予期せぬ出現にいちいち驚かされますが、同時に生物の豊かさを感じさせてくれます。ここ神戸川には、アユをはじめ、多くのハゼの仲間、モクズガニや手長エビなどの甲殻類が生息しておりますが、これらが生息する川には、ほぼ100%の確率でウナギもいると考えてよいでしょう。特にこれら魚同士に密接な関係はありませんが、川と海を往来する点では生活史が共通しており、ちゃんと海と川を往来できている証拠だからです。そして何よりも、またそれら多彩な生物が生息している事で、水質の良さを裏付け、またウナギにとって最高の餌場をもたらせてくれます。

ウナギの知名度は100%!大衆的で誰もが知っている魚です。しかしそのウナギの私生活についてはまだまだ知らない事だらけです。因みに、野生のウナギ(成魚)の生活史は、海と川の2重生活をしますが(池や沼などの止水域で育ったもの、放流されたものは除く)、その海洋生活は、繁殖を目的とする旅なのですが、一体「どこで?」「どのように?」産卵をしているのかずっと謎に包まれておりましたが、ところが近年の海洋調査で、何と日本から2000キロ離れたマリアナ沖の深海であることが判明しました。

そこで生まれた赤ちゃん達は、暖流にのって日本諸々へ運ばれ、各河川を生活の場として成長します。そして、成熟期を迎えると再び海へ下り、繁殖のためマリアナへと旅立ちます。もう聞いているだけで気の遠くなる話ですが、ウナギの生涯そのものがトライアスロン耐久レースなみの強行スケジュールで、それを代々繰り返すのです。          

日本では昔から食され“スタミナのつく食材”として、またそのイメージキャラとして不動の地位を築いた魚ですが、何よりもウナギ自身がとても驚異的なスタミナの持ち主であることを付け加えておきましょう。

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これはウナギが獲物(モクズガニ)をハンティングする様子を遂にカメラでとらえる事ができました。基本的にウナギは夜行性といわれますが、今回のように真昼でも摂餌活動することがあるようです(正午12時、炎天下の撮影)。
ウナギは視力が弱い魚ですが、その代わり嗅覚に優れ、また獲物から発する何らかの波動を察知し、少なくても人間にはない感覚を持っているようです。徐々にアプローチし、獲物に巻込み感触を確かめながらガブッと噛みつきました。この川でウナギがモクズガニを襲う光景を幾度も目撃しましたが、あえて口に入らないサイズのモクズガニに執着したのは何故でしょう。もしかしたら、そのカニはソフトシェル(脱皮直後の柔らかい殻)で食べやすい事をウナギ自身が知っていたのかもしれませんね。
カメラで捉えられたのはここまで。カニにガブっと噛みついたウナギは、体をグルグル回転させ大暴れ!無我夢中でシャッターを押しましたが、川底で煙幕が巻き上がり被写体不在の駄作にて終了。あぁ悔しい!
そういえば、ここ最近、川底にモクズガニの破片をよくみかけるという奇怪な現象に遭遇しましたが、おそらくウナギの仕業だったのでしょう・・・。

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これもウナギのハンティング風景。
ウナギに追われ、岩穴に逃げ込んだウキゴリやヨシノボリを探している様子をカメラでとらえました。ウナギの動きは変幻自在で、前後・左右・上下、そして急停止に急発進と・・・全く予測ができず、撮影者泣かせなヤツです。見る限り、成功率は低くお世辞でも「上手な狩りですね」とは言えませんが、餌が豊富な環境なのでしょう、体が大きくとても太っております。

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そんな身近な川で見るウナギたちも、いつの日かマリアナへと旅立つのでしょう・・。

ここ近年、ウナギは全国規模で減少の一途を辿り、今となっては希少種になりつつあります。
幼魚の乱獲(※)、環境破壊など様々な要因がありますが、ウナギを取巻く多くの問題が潜んでいるのも事実です。

※)因みに市場に出回っている養殖ウナギは、天然のウナギの幼魚(シラスウナギ)を捕獲して、それを養殖場で適度な大きさに育てられたものを市場に出荷されます(半天然+半養殖)。なせかというと、卵を孵化させることまではできるのですが、孵化した幼生が一体「何を食べて」「何を栄養」としているのか分からないのです(これを初期餌料といいます)。近年の水産研究や技術の進歩により完全養殖の成功例も出ておりますが、その技術の確立(それから実用化)にはまだ時間がかかりそうです。よって、今でも天然幼魚に依存しているのが現状です。

昔は、いかに獲ったか? が評価された時代でした。しかし(今も含め)これからの時代は「いかに資源を維持・持続しているか」が重要で、この生態系に人間がどのように関わり、獲っても資源が減らないようなバランスを我々人間がシッカリ考えなければならない時代になりました。
(ウナギに問わず)資源が少ない獲物に出会った時に「(欲に任せて)獲るのか?」「獲っても速やかに逃がしてあげるか?」「(未来を見据え)見守ってあげるのか?」の見極めが大事になり、資源を維持する上で(法や条例に頼ることなく)我々一人一人の与えられた今後の課題なのかもしれません。
保護観点上、私は同じ「とる」でも、“捕る” のではなく “写真で撮る” 方を選びました。少なくても、資源が回復するまでは「見守る」事にしました。そんなウナギとの付合い方や楽しみ方もアリかなと考えております。

しかし、そんな私は小さい頃から “大のウナギ好き” であることもつけ加えておきます。
獲るのも大好き、飼うのも大好き、そして食べるのも大好きで、もっともっとウナギのことをもっと知りたいですし、もっとウナギと親密な関係でもありたいです。なので、ウナギの資源が回復するまでは、我々がシッカリ守ってあげないといけないとなりません。その恩恵に預かれる日を心待ちにしていきたいと思います。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第4話)名脇役・ボウズハゼの求愛行動

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神戸川でアユを観察していると、同時に多くの “ボウズハゼ” もセットで観察する事ができます。
ボウズハゼとは、清流と海(沿岸)を共にする回遊性のハゼの仲間。大きさは 人さし指ほどでハゼにしては長細い体つきをしており、その姿はまるでトラ柄ドジョウのようです。
特徴的なのはこのマヌケな顔!箱型の四角い顔はどことなくネコザメを連想させ、その下向きな口は掃除機みたいで面白い。これら特徴的なパーツが偶然にコラボして、このようなマヌケな顔に仕上がっているのでしょう。
ボウズハゼは岩についた苔が大好物なので、これら苔をそぎ落とすのに適した形が 「コレ?」なのでしょう。

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8月はボウズハゼの繁殖期真っ只中、求愛行動を見る事ができます。
オスはトラ柄の色調がより一層強くなり、ヒレというヒレを全開し、メスに情熱的なアプローチをします。ボウズハゼは警戒心が非常に強く、人影を見るとすぐに岩陰に隠れてしまいますが、その場にジッと待っていれば人間も自然に馴染み、再び現れ ありのままの姿を見せてくれます。

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カメラのファインダーの中には、実に多くの生物が存在し、そこには人間が入り込めないもう一つの世界が繰り広げられておりました。
ボウズハゼは、アユ同様に縄張り意識が非常に強く(仲間同士でケンカをしている光景もしばしば)、
生活史だけでなくその性格までもがアユと非常に似ております。しかし、ここまで同じ生息域で暮らし、同じ苔を食べているのにアユとは一切ケンカをしない・・・何とも不思議な関係です。

因みに神戸川上流(西鎌倉駅前)に高さ1m程の堰堤があるので、実質上ここが魚止め(うおどめ)になります。その為、アユ達の遡上はここまでとなりますが、ボウズハゼに関しては腹ビレは吸盤状になっているので垂直な滝でも登ってしまいますので、このボウズハゼに関しては限りなく源流域でも観察する事ができます。

今となっては、ここ神戸川では当り前のようにアユやボウズハゼを観察できますが、実はちょっと昔の神戸川にはかなり汚れており魚の気配なんて全くありませんでした。それがここ近年、下水道の普及による水質改善で多くの魚がこの川に再び戻ってきたのでした。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第3話)7~8月・盛夏の美しいアユ達の戦い

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予言します。今年の流行語大賞は「猛暑」。もうこれで決まりでしょ!
この猛暑続きで人間も世の中もグダグダですが、そんな暑さをもろともせずウチのゴーヤとオクラだけは元気。さすが “夏野菜” という肩書だけあって、よくもまぁ毎日毎日シッカリ実をつけているな~と感心してしまう。
私がアユの撮影場所に選ぶこの神戸川の脇道は、日が高くなると日陰がなくなり、そこはまさに炎天下の地獄道!強烈な日射しが容赦なく突き刺さりますが、季節野菜を彩る畑とアユで賑わう川に挟まれ、草いきれのこもる未舗装の脇道はどこか昭和の懐かしさを感じさせてくれます。

さて、盛夏の神戸川のアユ達はすっかり成魚になり、2つの大きな変化が表れるようになります。
まず1つ目はアユの見かけで、シンボルでもある黄色の斑紋がくっきり目立ち全体的にも美しい体色になります。そしてもう一つはアユの性格で、成魚になると縄張り意識が強くなり餌場となる苔岩に自分の縄張りを持つようになります。

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前回の記事(第2話)では、初夏の若アユ達が群れで賑わう様子を書きました。それが盛夏になると、成長した個々のアユ達の縄張り争いにフォーカスを当てるようになります。このように季節とアユの成長に応じて、撮影テーマ(どういう光景を撮りたいか)も大きくが変わっていきます。
それだけアユを語るには「夏」は重要であって「神戸川のアユは夏なしには語れない!」といっても決して過言ではないでしょう。

因みに1匹のアユが持つ縄張りの範囲は、ここ神戸川のアユを見る限り、おおよそ苔岩一個分(50センチ四方ぐらい)を持ちたがるようです。もしそこに別のアユが侵入しようなら、もう地主は怒り心頭!そのアユを排除すべく執拗に追いかけ回す光景が見られます。本当ならNo.1の強いアユが縄張りを独占したいとこでしょうが、No.2、No.3も次々に侵入しもう巴戦状態に。挙句の果てには、格下のアユ達が群れがどっと押し寄せ、縄張りはゴチャ混ぜに・・・。それを炎天下の中、四六時中ずっとやっているわけですから、縄張りを持ち続けるアユも大変だな~と思いました。

こんな習性を利用したのに “アユの友釣り”  という釣法があります。
まずは1匹の活アユを用意し、そこに専用の仕掛けを装着します。その仕掛けのついたアユを苔岩に送り込むと、そこを縄張りをもったアユが攻撃し、その際に針に引っ掛かってしまうという・・・まさに神業的な釣法です。通常「釣りの仕掛け」は、“魚の捕食“ を前提に考えられているのが一般的ですが、このアユの友釣りに関しては全く異なる次元での発想から成立しております。
ただ友釣り釣法の起源や発祥の地といったルーツは、諸説ありすぎて未だに特定されていませんが、先人たちはこれらの縄張り争いの様子をみてこのような発想に至ったのでしょう(アユを釣る文化は江戸時代にもあったそうだが、その釣法については明らかにされていません)。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第2話)6月・水辺を踊る若アユ達

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鎌倉市の西部を流れる神戸川(ごうどがわ)の川沿いに買物に行く際の裏道があり、その狭さから “けもの道” と勝手に名付けております。自転車同士ですれ違うのはおろか、歩行者同士でも気を使うぐらい狭い道ですが、家からスーパーやコンビニへショートカットで行く事ができ、また車の多い公道を避ける事ができるので近隣の住民にとって欠かす事のできない、いわば生活道路なようなものであります。

また前回のブログ記事(第1話)では、4月に海から遡上した稚アユの様子を書きました。
それから1カ月経ち、稚アユからスクスク成長しその容姿はすっかりアユらしくなり、人間に例えるならエネルギッシュな10代といったところでしょうか。銀色のキラキラした多くのアユ達が神戸川の水辺を賑わしておりました。
若くて元気ピチピチな様子を形容するのに「若鮎のような~」といった表現がありますが、水辺を賑わすアユ達を見れば納得、まさにその通りの光景が見られます。

またアユの食事作法もとてもユニークで、岩に唇を押し付けて付着したコケを削ぎ取って食べる様子が見られます。言葉ではうまく表現できせんが、まるでバターナイフでバターをス~ッっと塗り返したような、滑らかな動きで岩のコケを削ぎ取って食べます。お目当ての苔岩には常に数匹~数十匹のアユが群がっており、時にはその数100匹以上になる事もあります。
苔の生えた岩・・我々人間からすればそれほど魅力を感じませんが、アユ達にとっては最高なご馳走のようです。

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眺めているだけでもアユの生態を十分過ぎるほど観察できる神戸川。
アユを知る上でこれ以上に適した場所はなく、毎回私に新たな発見をもたらせてくれます。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語(第1話)5月・稚アユの遡上のはじまり

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ここは神戸川(ごうどがわ)、鎌倉市西部(腰越地区)を流れるとても小さな2級河川です。
西鎌倉を水源とし、津から~津西~そして腰越地区の住宅街を縫うように流れ、水源から河口までわずか2㎞(徒歩30分程)で海に出てしまうという短さ。特に公道に面している訳でもなく、近隣の住民しか目にすることのないマイナーな川であります。
しかし、そんな小さな川には毎年多くの天然アユが遡上し、おそらく鎌倉市内で一番身近でアユを観察する事ができる場所、いわばアユの名スポットなのです。

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毎年4月中旬頃になると、神戸川にアユの遡上が一斉に始まります。
夕焼けに染められた川沿いを歩いていると、水面がポツン、ポツン、ポツン・・・と、まるで雨の降り始めを思わせる光景が稚アユたち訪れを知らせてくれるます。大きさはまだ小指ほどで、まるで柳の葉のように細々した体ですが、これから逞しく成長し盛夏になると神戸川の水辺を賑わせてくれることでしょう。

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これから半年の間、季節の移り変わりをこのカワセミと共に過ごし、そんなアユの生活史に触れながらその見どころ記事にしていきます。その場を共にする生物たち、そしてアユをめぐり思いがけない珍客の登場も・・・、そんな神戸川に秘めた魅力を浮き彫りにしていきたいと思います。
神戸川のポテンシャルはアユなしには語れない・・・と言っても、決して過言ではないでしょう。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 鎌倉では珍しい淡水魚を発見!モロコの仲間か?

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ここは鎌倉西部にある鎌倉広町緑地の谷戸。
あれだけ待ち焦がれていた春なんて一瞬に過ぎ、あっという間に初夏を迎えました。
太陽はギラギラ燦々、肌に突き刺さる日差しから逃げたい一心で日陰を求めます。そんな木陰をもたらす大きな木には、完熟したクワの実を鈴なりにぶら下げておりました。
実を収穫する楽しさは、鳥類だけでなく人間の本能にもシッカリ組込まれているようで、訪問者たちの口を紫色に染めておりました。

4月は生命の息吹を感じる月でしたが、5月となれば動植物の成長の勢いを「これでもか~」と感じる月で、谷戸の湿地帯の草々はもう背丈にまで伸びきっておりました。
小川をはじめ地熱がこもる湿地帯はまさに蛇の温床と化し(しかもこの時期はヘビの繁殖期も重なり)、実際に今日この緑地内を一時間歩いているだけでも4回も蛇に遭遇!見上げればヘビ、足元もへび、ヘビが露出する度にいちいち驚かされる事に・・・。広町緑地の職員も長い棒で脇道を叩きながら見回っておりました。

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さて、ちょっと話は脱線しますが、
魚好きの性(さが)として、もしそこに水辺があると、ふとそこへ導かれる習性がある(ようです)。当然、私にとっては小さい頃から勝手に身についたクセのようなものなので全く自覚してませんが、傍から見ると突発的かつ不思議な行動に見えるようで、人に言われて初めて気づきます。もしそこに魚がいれば、その様子に説明がつくと思いますが、大抵は期待外れでそこに魚がいません。にもかかわらず、暫くその場をじっと眺めているのだから、初めは好奇心で聞いた質問者も、だんだん私に対する疑問へと変わり「一体この人は何を見ているんだろう?」と首をかしげてしまうようです。ただその場で暫く眺めていると、魚達が自然な姿を見せてくれるので、私はひたすらそれを心待ちにしているだけなのですが・・・。

閑話休題、話を戻します。
そんな魚好きな好奇心から、そこに水があれば何気なく眺めているのですが、今日の広町緑地の小川はいつもと違います。何か10㎝ほどの “魚らしき” ものが視界に入るも、特に逃げる事もなければ微動だにもしません(通常、野生の魚はここの段階で人の気配を察知して逃げるのですが・・・)。
まっ、こういう時は大抵 枯葉などが川底に沈んでて「それっぽく」見えた・・・というオチで終わるのですが、今回に限ってはいつもと様子が違うのです。近寄って目を凝らして見ると「目」や「ヒレ」がついているし、口もパクパクしているのでそれは間違いなく「魚」である事が判明しました。

さて、ここ鎌倉広町緑地に生息する魚といえば、ホトケドジョウとドジョウが主で、季節限定でヨシノボリなどの小型ハゼが遡上する程度です。ただドジョウにしては太すぎるし、ヨシノボリはこんな形でない・・・、消去法でホトケドジョウが残るも、もしこれがホトケドジョウなら日本記録級のサイズ・・・いや、それはないであろう。そもそも、私にとって広町緑地は庭のようなもので、ここに生息する魚を知っていただけに、その先入観が余計に邪魔して、その魚の正体をより遠ざけてしまったようです。

今回は子供のザリガニ釣りで小さいタモを持参していたので、その正体を確かめてみる事にしました。と言っても相手は野生の魚です、泣いても笑っても捕獲のチャンスは1回きり!絶対に逃げられないよう、逃げ道を全て封じ、そっと、そっと、そっ~と、慎重に、慎重に、慎重ぉ~に・・、間合いを詰めます。そしてチェックメイト!魚が気づいた時には時遅し、見事タモの中へ誘導する事に成功しました。
そして正体を見てビックリ、全ての予想を覆し、何と見た事のないモロコの仲間でした。

モツゴなどは鎌倉の池に生息しておりますが、それとは全く異なる容姿。
背中には大きな銀輪を輝かせ、体にはキレイな金色ライン、中央帯は黒いラインが走り、関東ではあまり見かけないモロコで、しいて言うなら中部~西日本に生息するカワバタモロコに似ているものでした。胴体の両面に古傷があったので、おそらくサギなどに捕まりながらも、何とか逃げて命拾いしたのかもしれませんね。

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撮影の為、一時的に採取しましたが、速やかに元の場に逃がしてあげ、セリの茂みに消えていきました。私も初めて目にした魚なので、人為的に持ち込まれたものなのか、昔から生き延びているものなのか、また生息データは全く未知数ですが、優しく見守っていきたいと思います。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 春の谷戸・ホトケドジョウの繁殖期に密着

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鎌倉にもやっと春がきました。
ちょうど1週間前(2018年3月21日)、まさかの名残の雪に拍子抜けしたものの、その後の「春」の追い上げは凄まじく、その雪色から一転!たった1週間で春色へと変貌を遂げたのでした。
まだまだ冬ごもりな私でしたが、里山に咲きほころぶサクラを目にし、摘んだヨモギで作った草餅を口にし、鑑賞と賞味の両方が達成され、やっと春を実感する事ができました(私は花より団子派ですが)。

さて、今回の舞台は、鎌倉市西部(腰越地区)にある “鎌倉広町緑地” の谷戸、
鎌倉三大緑地(台峰、常盤山、広町)の1つで、その中でも最大で41ヘクタール(41万平方メートル)の面積を誇ります。谷戸(やと)とは、小高い山や丘陵に囲まれ細長く続く谷のことをいい、ここ鎌倉では多くみられる地形の一つです。ここを水源として小さな小川が流れ、周辺にはいまだ田園風景や湿地帯が広がり、多くの動植物を育んでおります。
ホトケドジョウはこの様な谷戸の小川を好みますが、近年急激な都市化が進み環境破壊により激減、全国規模(特に都市化がすすむ地域)でも希少種になりつつあり、ここ鎌倉からみれば「絶滅危惧種」といっても決して大げさではないでしょう。そんな広町緑地は、鎌倉市内でも数少ないホトケドジョウの生息場所の一つとして知られております。

さて、今回の記事では、その鎌倉谷戸に生息するホトケドジョウの繁殖について触れたいと思います。日本の生物の多くは、繁殖期に春を選びますが、それはドジョウに関しても同じです。ここに生息するホトケドジョウの繁殖は4月~5月ぐらいとされますが、ただ観察に適しているのはやはり4月となります。5月になると草が生い茂り、暖められた湿地帯はまさに蛇の温床となり、シマヘビやアオダイショウならともかく、マムシのような毒蛇も生息しているので迂闊に入り込めません。ヘビは人間の存在に気づけば大抵は逃げてくれますが、この手の観察は辛抱強くその場でジッとしている事が多く、一旦自然に馴染んでしまうと、人間もヘビや草と同様に自然と化して、全てがゴチャ混ぜになるのです。ヘビも人の気配に気づかず、足元をスゥ~っと通り過ぎる場面もしばしば。背筋が凍る思いをどれだけしたことやら・・・、なので4月が良いのです。

興味のある方は、川沿いを可能な限り歩いてみるといいでしょう(立入禁止区域はダメです)。人の気配を感じると泥の煙幕を出して雲隠れしたり、セリの根元がモゾモゾ動いていたり、何かと生物の気配を感じる事ができます。勿論、繁殖期となれば、大きな親魚達がそれなりの群れを成すので、その存在感は十分すぎるほど、ドジョウたちの生活史において毎年この時期は一大イベントなのです。

ホトケドジョウが産卵に選ぶ場所は、水深が10センチも満たない浅場で、かつ外敵からすぐに逃げれるような所、かつセリや草の根が多く根回りが深くエグれ、タモ網すら入れられない・・・こういう場所を産卵場として好むようです。急な影の動きや物音には敏感ですが、暫くその場でじっとしていると、ドジョウもリラックスして時折、根から顔を出したり、ドジョウ同士が絡んだりする場面も。むしろこの時期のドジョウは繁殖行動の方に夢中なので、その場に馴染んでしまえば、人間の存在もあまり気にしないようです。
今回は観察の為、一時的に飼育ケースに採取しましたが 撮影が終わったら速やかに、かつ元の場所にそっと返してあげました。 

それから1週間後・・・
かつてのお祭騒ぎな気配は終わり、何事もなかったように平穏な小川に戻っておりました。
そして盛夏になる頃には体長2センチほどの幼魚が見られるようになるでしょう。純朴で猜疑心がない幼魚たちは容易に捕れることから、生物採取を楽しむ子供たちにとって格好の獲物となり、バケツ中を賑わせてくれる事でしょう。
こうして子供達が自然や生物に接する事、これが自然の大切さを理解する機会だと思っております。観察とふれあいを楽しんだら、速やかに元の場所に戻してあげましょう。

編集後記
今も手つかずの自然が残る広町緑地ですが、かつては宅地開発の計画が持上がり、開発と保全をめぐり議論がなされました。2000年代に入り鎌倉市は「緑の基本計画」で「都市林公園」にして自然を残す事を決定。開発が予定されていた事業用地を鎌倉市が買取り、市民活動団体等と市の協力で保全に向けて大きく前進しました。そのおかげで現在も人の手が入っていない自然が残り、開発を逃れたホトケドジョウが今も生き延びております。
私の幼少期を過ごした昭和晩期(昭和50年代)には、昔ながらの田園風景がアチコチに広がり小川には多くのホトケドジョウが生息しておりました。しかし平成に入ると、急激な都市化が進み環境破壊によりホトケドジョウは激減、全国規模(特に都市化がすすむ地域)でも希少種になりつつあり、ここ鎌倉からみれば「絶滅危惧種」といっても決して大げさではないでしょう。

★希少★ 冬マカ(冬のマカジキ)は絶品

  • 2018/01/19 14:30
  • カテゴリー:日記

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冬が旬である魚はいっぱいおりますが、今回記事に挙げるのは、冬に獲れるマカジキ(冬マカ)です。海に生息するカジキは大きく分けて6種類(クロ、シロ、バショウ、フウライ、メカ、そしてマカ)、その中でも「冬マカ」はダントツの旨さを誇り、魚市場でも高級魚として位置づけられております。

知名度のあるメカジキと混同しがちですが、メカジキは近海の生モノをはじめ海外からの輸入品(冷凍品)も流通され、通年にわたり店頭で見かける事ができます。しかし冬のマカジキは完全な季節限定もの、水揚量が少なく魚料理屋など限られた流通先に留まるため、基本的にはスーパーでも見かけることがなければ、大衆の食卓でも見かけることがありません。ところが、何らかの理由で稀に大衆市場に出回る事もあり、そういう時は間違いなく「買い」でしょう。

大衆魚と異なり、こういう希少な魚の出会いは突然なもの、そうなれば急な出費も伴います。「えぃ!」っと思い切って買えばそれまでですが、それにしても日常の夕飯にしては奮発しすぎなレベルです。でも私をそこまでさせるのは、冬マカはそれほど美味しい魚であることを知っているからです。私はその中でも、“カマ“ の部位が好きで、そのカマの魅力は何といっても、安価であり、様々な肉質の寄せ集めにあります。ただ堅い骨が入り組んでいるので、可食部に分けるまでの手間暇かかりますが、それをクリアすれば多彩な肉質を堪能できるのです。

本来、「食」においては、あまり注目されないカジキですが、なぜ冬マカがここまで美味しいのでしょうか。これは秋季になると黒潮に乗って房総沖にまで南下したマカジキ達は、脂がのったサンマやサバを餌としているからで(人間以上の贅沢な食生活を送っている)、そんな脂を蓄えたマカジキが美味しくないハズはありませんね。橙色の身には脂のサシが入り、こうして「冬マカ」という極上ブランドが出来上がるのです。

そして冬マカをより高値にするのは、その時期と漁場にも挙げられます。冬のマカジキの主な漁場は房総沖の黒潮付近ですが、この時期の黒潮は房総半島からだいぶ離れており、また冬の外洋は時化が多く、漁師をなかなか寄せ付けません。このように漁師の苦労を経て漁獲された冬マカは流通量が少なく、まさに希少そのもの、時にはクロマグロ以上の高値になる時もあります。

そんな冬マカは今となっては高級魚に位置しますが、かつて1960~70年代は漁獲量も多く、誰もが食べられる庶民的な魚だったようです。ここ近年、魚の旨さに対する評価が正当に行われるようになり、またその漁獲量の少さも相加わり、今となっては「季節限定の高級魚」に格上げされ不動の地位を築いております。

もし冬のマカジキに出会ったら、是非食べてみてください。経験する価値は十分にあります。

★山陰里帰り★ 巨大ドンコ捕獲 *山陰のブチ怪物シリーズ*

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今回のお題は “ドンコ” です。山陰の里帰りの時に近くの川で捕獲したものです。

さて “ドンコ” といえば、どんこ椎茸(肉厚な椎茸)を連想する方が多いのではないでしょうか。
しかしそれが魚である場合、もしそこが東北であれば沿岸でよく釣れるエゾイソアイナメの事を意味し、西日本であれば淡水性の大型ハゼを意味します。またその他の魚でも地方名(別名)として使われる場面がちらほら…
このように “同じ呼名” であっても、実は全く “別の魚” である例は多々あり、特にこのドンコにおいては非常に誤解されやすい魚の一つであります。
“ドンコ“ という言葉の起源や本当の意味については知りませんが、(外見上からして)おそらく肉厚なものを形容するのに使われているのかもしれませんね。

今回、記事に書くのは後者のドンコ、つまり “西にいるドンコ” の事です。
生息分布上、少なくてもここ鎌倉にはいないし、関東でもあまり見かける事はありません。ただ西日本の河川には多く生息しているようで、カミさんの実家のある山陰地方(鳥取県大山町)の川でもよく見かけます。
私にとってドンコとは図鑑の世界でしか登場しない魚だったので、それ故に鳥取への里帰時に初めてこのドンコを捕った時の感動は今でも覚えております。ここにも多くのドンコが生息しますが、両手でおさまるような大型サイズを見るのは初めてだったので、ドンコを囲み撮影会になりました。

このドンコについて簡単に紹介しますと、
一般的にハゼの生活史は海と川を往来する種類が多い中、このドンコは完全淡水性の大型ハゼです。
魚類図鑑に載っている標準和名のドンコはこのハゼに該当しますので、(魚類上においては)これが本家本元のドンコと言ってよいでしょう。
外見的な特徴としては、全体的にはずんぐりむっくりな体型に黒色の大きなブチ模様、そして頭部は非常に大きく、口唇が分厚いのが特徴です。さすが肉食魚だけあって、口の中を覗くと尖った歯が何列も並び、それらの歯は全て内側に向いております。これは生きた魚を捕えるのに非常に適した形状になっており、一度ガブりと噛まれたら逃げる事ができません。また非常に貪欲なヤツで体長の半分ぐらいの魚であれば簡単に丸飲みしてしまいます。胸ビレは扇形で大きく、体を裏返してみると腹ビレは吸盤状ではなく完全に二つに分かれているのが特徴です。

頭部をはじめ、頬や眉間そして顎周りの筋肉が隆起し、まるで仁王像(金剛力士像)を思い浮かばせるような迫力ある形相でした。若いドンコは非常に愛らしい顔をしておりますが、ここまでの老成魚になると風格もそれ相応で、カッコ良く歳を重ねているな~と思いました。
撮影会が終わり、いよいよお別れ。ドンコは大きな胸ビレを波打たせ、私の手元から離れ深場へと消えていきました…。

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この本家本元をものにしたこのドンコという名も、それぞれの地方に行くと全く別の呼名に変わってしまいます。例えば、ここ鳥取地方ひとつとっても「ドンコが捕れました!」と言っても地元の人達は「ん?」と首をかしげ、バケツの中を覗いて初めて「あ~ボッカね」と皆が頷いてました。どうやらここではドンコ(標準和名)はあまり使われてなく “ボッカ” と呼ばれているようです。ややこしいなぁ…(オチ)。


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このドンコのお腹がパンパンなのは、決してノッコミ(産卵期で子持ち)だからではありません(因みにドンコの産卵期は夏季で、数カ月前には既に終わっているはずです)。捕獲時は、お腹がペチャんこでしたが、私の滞在期間中(4日間)、生け簀にこのドンコをはじめ釣ったタカハヤとカワムツなども入れて活かしておいたら・・・ご覧の通り(完食です)。さすが、この川の(お魚部門で)生態系の頂点に位置する大型肉食ハゼです。しかし、この川の生態系の頂点に君臨するのは、1メートルを超えるハンザキ(オオサンショウウオ)であって、そんな彼女の前では、この巨大ドンコですら餌になってしまうのです。

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そしてもう一つ感動したのは、ドンコの幼魚~成魚まで、様々なサイズが沢山いた事です。これは毎年ちゃんと子孫を残していて、繁殖環境も整っている証拠です。
これは当年生まれのヒヨッ子で、おそらく生後2カ月といったところでしょう。大きさはたった2センチほどですが、極小粒ながらも立派なドンコの姿をしております。この小さな川には多くのアシや水草が生茂り、これが幼魚にとって安全な環境と多くの餌を提供してくれる、いわばゆりかごのようなものです。こんな小さなプールでも様々な生き物が生息しており、まさに食うか?食われるか?の世界ですが、これらが互いに影響しあいながら絶妙なバランスで生態系が保たれているのですね。自然界ではごく当たり前な光景ですが、もし人間が(過剰に)入り込むと、この生態系の秩序はいとも簡単に壊れてしまうことをちゃんと理解しておかなければなりません。

★鎌倉の淡水生物★ 鎌倉に生息する野生のスッポン

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いきなりですが「鼈」は何と読むでしょうか。これで「スッポン」と読みます。
スッポンは日本や中国では古くから食され、滋養強壮や精力のつく食材として、またそのイメージキャラとして不動の地位を築いた生物ではないでしょうか。
また噛みつく力は強く「雷が鳴るまで離さない」などの迷信があるほどで、もしガッツリ噛まれようなら確実に大怪我します。強引に外そうとしても絶対に離れませんので、もし噛まれてしまった場合の対処法としては、すぐに水に付けるとよいでしょう。そうするとすぐに離してくれます。

鎌倉エリアでも野生のスッポンは生息しておりますが非常に珍しいです。
ただ容易に観察できる場所もあり、私が知っているのは2カ所。一つは鶴岡八幡宮の源氏池、ここには池のヌシと言わんばかりの巨大スッポンがおります。
そしてもう一つがここ笛田にある夫婦池にも生息しております。この夫婦池は約330年前(江戸時代)頃、灌漑用水として作られた池で上下一対の池(2つの池)を称してそう呼ばれております。

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天気の良い日は、甲羅干しをしている姿も時折見かけますが、警戒心が非常に強く人影を見るとすぐに水に潜ってしまいます。ただその場にジッと待っていれば人間も自然に馴染み、いずれは呼吸をするために水面に姿をみせてくれます。スッポンからも危険を感じないと分かればリラックスした姿を見せてくれます。

★フィッシュナビ★ GT(ロウニンアジ)フィッシング講習会

  • 2017/09/09 18:28
  • カテゴリー:日記

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初めてGTフィッシング(ロウニンアジ釣り)をチャレンジされたお客様がGTを掛けた時、たとえ過去に同じサイズの(異なる)魚を掛けた経験があったとしても、GTはそのパワーを凌駕します。その暴力的ともいえる怪力ぶりに、どれだけの釣人が翻弄されてきたことでしょうか・・。

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また、そのGTを相手にした専用タックルにも度肝を抜かれます。今まで見たことのない極太ロッドや高番手なリールをはじめ、ライン、リーダー、スイベルやリングなどの接続金具、フックに至るまで規格外の頑丈さ!GTを取るための耐久性と現代技術が集結し、スピニングタックルにおいて最強である事は言うまでもありません。それだけの怪力な魚を相手にする事を我々は忘れてはなりません。

★GTフィッシング講習会(初級編) 

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ロウニンアジのパワーを正しく恐れ、それらビックゲームの真髄を理解してもらうため、当社フィッシュナビでは、お客様に “GTフィッシング入門講座” を開催しております。

ツアー遠征情報や心得はもちろんの事、GTフィッシングの魅力、ラインシステム組み、ドラグ設定、キャスティングやルアー操作などを気楽かつ楽しく学んでもらいます。経験者のお客様には、潮の動きやポイントの見極め解説など。
そして、GTフィッシングとは、GTを釣上げることだけがゴールではありません。その後、速やかに針を外し、速やかに海に逃がしてあげる、これら滞りなく行うことで、GTフィッシングが完結します。

これはあくまでも本番を想定したイメトレに過ぎませんが、ある程度の事を理解してもらえれば、気持ちにもゆとりができ、より気楽に本番に備えて頂けれると思います。
「もう今更恥ずかし くて聞けないよ~」、「経験者だけとこの際だから聞いちゃおう~」などなど、どんな事でも聞いてください。講習会に参加して良かった!と言ってもらえるよう、私に出来る事は最大限にご提供したいと考えております。

★GTルアー販売 

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また弊社では、そのエリアごとに見合ったGTルアー(新品/未使用/中古)をストックしておりますのでご要望に応じて販売致します。
勿論、お客様が普段からごヒイキにされている専門ショップさんでご購入頂く事が最優先ですが、もしショップさんが近くにない場合、ショップさんにルアーの在庫がない場合、ご出発を間際でルアーの調達が間合わない場合などには、サブメニューとして是非ともご活用くださいませ。

講習会は1名様でも大歓迎!平日、土日・祭日問わず可能な限りお客様のご都合に合わせますので、ご希望の際はお気軽にお問合せください(要予約/有料)。

真夏の鎌倉を楽しみ方(山編) in 鎌倉中央公園

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ここは鎌倉市中央公園、市内で気楽に山遊びをしたければここに来れば間違いなしです。
そこには管理事務所・休憩所・自動販売機(夏はかき氷販売もしている)・トイレ、そして駐車場まで…もう至れり尽くせりで、どの季節に訪れても自然との調和が素晴らしい公園です。

標高は50m未満の低い山々ですが、そこには多くの昆虫をはじめカブトムシやクワガタも生息しており、子供に生物採集を教えながらも、私も本気で懐かしみ30年ぶりにカブトムシを捕りました。
公園内には大きなクヌギの木があり、このクヌギの木からは樹液が流れ、この周辺は何とも樹液の酸っぱい香りが漂っておりました。ただクヌギから出る樹液は別に甘いわけでもなく、我々人間にとってはそれほど魅力を感じませんが、虫達にとっては最高のご馳走のようです。

カブトムシやクワガタを捕りたいなら、まずはクヌギ、コナラ、ヤナギの木を探しますね。でもそれらの木だったらどれにでもいるのかというと必ずしもそういう訳でもなく、それは “樹液が出ている木” に限定されると思います(そこまでは皆さんもご存じかと思います)。

では、その “樹液の出る木” とは?
これは決して自然現象ではなく、実はカブトムシやクワガタとは全く関係してない2種の虫たちが関与していると言われております。

まずはカミキリムシの幼虫、彼らが木の内部まで穿孔し樹液が外に流れ落ちるシステムを作ってくれます。これは効果絶大ですが、いずれは木が自身で修復してしまうので樹液効果は一過性に過ぎずません。そして、ここ近年の調査で分かったのが、もう1つの虫が関与していることです。
それは “ボクトウガの幼虫”です。この幼虫は実は肉食性で樹液に集まる小さな虫達を餌にしているので、日々樹液が固まらないように仕向けている、つまり樹液が出続ける木に仕向けているのです。
全く異種なる虫たちの絶妙なコラボがもたらすのですね。園芸分野においては代表的な害虫ですが、違う分野では一役買っているようです。

ここ近年、鎌倉市内の街灯は蛍光灯からLEDに変わり、すっかり虫が寄らなくなりました(蛍光灯に虫が群がるのは電灯から発する紫外線によるものですが、LEDは紫外線を発しない為です)。かつて電灯に群がる虫に苦労しましたが、何もいないとなると何か淋しいですね。

追伸)
この奇抜なカラーの怪しい毛虫は  “リンゴドクガ” といいます。これも中央公園の遊歩道を横断している時に撮影したものです。名前からして、またモフモフ感といい、いかにも危険さをそのまま絵に描いたような毛虫ですが、実は無毒の毛虫みたいです(・・・と図鑑に書いてありました)。頭では分かっていても、私には触る勇気はなくそのままスルーにて道を横断頂きました。

★相模湾の珍客★ 巨大サヨリ?現る オキザヨリ編

  • 2017/06/30 15:33
  • カテゴリー:日記

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オキザヨリ…名前では “サヨリ” とつきますが、実はダツの仲間。
ダツ科の中でも最大種となり、サイズはどれも1mをゆうに超える大型個体ばかりだ(1本¥300円也)。地元相模湾の定置網に群が入ったそうで、6月に入ると毎日のように魚屋で見かけるようになった。お試しで一本だけのつもりが、あまりの美味さにこの魚の虜に…。それ以降~コストコの巨大保冷バックを持ち歩いてはこのダツばかりを買っているので、いつの間にか魚屋からは “ダツの人”と呼ばれるようになった。

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さすが地元朝獲れだけあって新鮮そのもの。
ウルトラマリン、コバルトブルー、エメラルドグリーン…、様々な美しい青色がここに存在する。ただこの青は時間が経つにつれ退色し消えてしまう。この天然の青色は儚く、有限の美である事を教えてくれる。

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ダツ科の魚は歯や骨も青色であるのが特徴。
ダツの代名詞ともいえる長く延長した両顎、そこには多数の鋭い歯が並ぶ…。ただ本当に恐るべきはこの歯ではなく先端部であって、その先端はとても硬質でまるで槍先のように鋭い。ダツは光に反応して突進してくる習性を持っており、時にはその習性が凶器となり、人間にとっても脅威となる。飛んで突き刺れは致命傷となり、実際には目に刺さり失明したり、時には人命が失われた事故も報告されている。昔、洋上でロウニンアジに追われ海面を飛跳ねながら逃げるダツ群を目撃した事がありますが、その一直線に飛ぶ姿はまるで “生きた槍” のようであった。もしコイツが自分のところに飛んできたら・・・と思うだけでとゾッとする。

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魚屋では「ダツ」で売っておりましたが、正式には「オキザヨリ」といいます。
(オキザヨリも同じダツ科の魚なので、ダツで一括りしても間違いではありませんが…)。
因みに「オキザヨリ」と「ダツ」の違いは?というと、尾ビレ付近を見ると容易に判別することができます。オキザヨリの尾鰭の形状は、二叉形(にさけい)で上葉よりも下葉が方が長く、更に決定的な判別は尾鰭の付根に隆起線(突起)があるもの、これは「オキザヨリ」と判定してよいでしょう(画像を参照)。因みに「ダツ」にはこの隆起線がなく、尾ビレの形状も截形(せつけい)で上葉~下葉が同じ長さなになります。一部 “テンジクダツ” というダツにもこのような隆起線があるので、必ずしもその限りではないですが(非常に似ており私にも分からない)、即席見分け方の一つとしてご参考頂ければと思います。

…で「味」はどうなのか?といいますと、
昔、河口でのスズキ釣りをしていた時に外道として40cm程の小さなダツが釣れ、それを持帰って食した事があります。サヨリの延長と思ったのが間違いであって、とにかく骨の多さに泣かされたのを記憶している。悪評価をするつもりはないが、敢て食べるもんでもないかな…と、わたし個人的には(マイマスイメージとしての)偏見を持っていた魚でした。ただ1mを超える大型オキザヨリに出会った時、この際にもう一度確めてみようと思った次第でした。
三枚下ろしにすると、骨はアバラと血合にある程度で、ここまで大型であれば十分な可食部を得る事ができました。味にクセがあるわけでもなければ、小骨がいっぱいあるわけでもなく、(良い意味で)私の期待を裏切ったのでした。
筋繊維がシッカリしており身は反るぐらい、コリコリ食感と独特の風味を楽しむ事ができます。決して脂のノりを楽しむような魚ではありませんが、刺身でここまで旨いのだから、揚げにしても塩焼きにしてもパーフェクトな魚でした。また日持ちもよく、三枚に下ろしてキッチンペーパーに包み冷蔵庫で保管しておけば1週間は刺身で楽しめます。

実はダツやオキザオリの事については知っているつもりで、何も知りませんでした。
このオキザヨリに関して言えば、昔の魚類図鑑には必ずといっていいほど「美味しくない…」「食用価値が低い…」「食用としない…」と書いてあります。
最近の図鑑では若干 気の利いた表現となり、それでも「流通しない…」「決して不味くはない…」「認知されていない…」といった感じでしょうかね。

“ 百分は一見にしかず ” …自分で経験して初めて分かる事があり、ここ近年はそう思わせる事例が多々ありました。つまりインターネットやメディアだけではアテにならない事も良く分かりました。
わたし個人的には、純粋に「美味しい」と評価した魚でした。 “旬の地魚” として大いに認知してほしい魚のひとつで、他にもこのような魚はいっぱい存在していると思います。
世間的には大衆魚や高級魚以外の魚は冷遇される傾向がありますが、その評価の基準やあり方はもっと多様化されてもよいのでないかと思った次第でした。

★私とスズキ釣り★ 30年前(昭和)のシーバスルアー(ちょこっと博物館)

  • 2017/04/01 17:26
  • カテゴリー:日記

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★近代のシーバスルアー達(90年代~現在まで)。
今となっては多種多彩に富むシーバスルアー。果たして30年以上前のシーバス事情はどうだったであろうか……

平成になってから30年が経とうとしております。
ここ最近、
フィッシングツアーの講習会では平成生まれのお客様が目立つようになりました。
私の仕事柄、お客様の年齢層は幅広いですが、ここ近年はハネムーンフィッシングでご利用頂くお客様が半数を占めており、そのお客様のご年齢層が20代~30代半が多いことからこれは必然的であります。きっとお客様にとって30年前なんてさぞかし大昔と思えるのでしょう…、よくお客様からは生まれた当時の情勢を聞かれます。

あとお客様とやりとりしてて、もう一つ印象的に感じたのは、お客様が普段されている釣経験がブラックバスよりもシーバスの方が多いという事でした。それはお住まいの場所にもよりますし、野池などのフィールドが減ったり、また時代的な背景もあると思いますが、この点においては今と昔は逆転しているのかなと思いました。
確かに、近所の釣具屋を見てもシーバス系のルアーがより一際目立ち、その品揃えは多種多彩でいつの間にか私の知らないメーカーも存在するようになってました。

永遠のハタチと思っていた私も現在42歳(1975年/昭和50年生まれ)、10年前なんてつい最近ですし、20年前だって学生時代で鮮明に覚えている、そして30年前でも十分に記憶が残っており、30年という道のりはそれほど過去ではない事に気づきました。
では30年前ってどんな世の中だったのか?記憶を辿りながら、当時の情勢や流行を簡単に記してみたいと思います。

30年前=1988年=昭和63年のことです。
経済成長を成し遂げた昭和晩期、世の中はまさにバブル絶頂期を迎えようとする頃です。政治は中曽根政権、国鉄が民営化されJRになった年、消費税というのはまだ存在してない時代でした。
通信においては、固定電話が主でFAXがやっと一般家庭にも普及し始めた頃(インターネットは存在しません)。因みに携帯電話事情はというと、は80年代初期になってやっと車両搭載型が登場!85年に車搭載型が切り離せるポータブル電話機(肩掛けタイプ)が登場しました(重さは3kg/レンタル代23万円~/通話料(月額23,000円~)。ただ携帯という名に相応しくない重々しさ、破格な料金設定といい、一般普及にはまだまだ程遠い時代でした。
音楽メディアにおいては、カセットテープがまだ市場の半数以上を占めている状態で、レコードが衰退し新に登場したコンパクトディスク(←CDの事ね)がレコードを追抜いた年でもありました(⇒のちにCDが市場を制覇します)。服装においてはジーンズはケミカルウォッシュ(
霜降り模様のジーンズ)で当時のファッションの一つでした。スポーツにおいては、相撲=横綱千代の富士、陸上=カールルイス、ボクシングではマイクタイソンが史上最年少の世界ヘビー級王者、各分野に絶対的王者が存在しました。
人気芸人の「平野ノラ」 がやっている芸風がそのまま反映された時代でありました(←本当です)。

因みに30年前のフィッシング事情はというと…
(PEでなくナイロンラインが主流であった事や、素材の進化により発生した釣法を除いては)概ね今と変わりなく、釣りの対象魚もほぼ同じ、各種ジャンルの釣りを楽しめる時代でありました。さらに分野をルアーフィッシングに注目すると、バスやトラウトフィッシングに関しては既に普及しており、特にバスフィッシングにおいては最盛期を迎えた頃でした。

ただ、30年前のスズキ釣り事情はどうかというと、一部大人のルアーマンがスズキを狙うという光景は見られましたが、特にスズキ釣りの専用ルアーというのは存在しなく、やっと日本の大手釣具メーカーもスズキ用のルアーに手をつけ始めた頃です。やっと “それらしき” ものを店頭で目にするものの、スズキのルアーフィッシングにおいてはまだまだ黎明期(れいめいき)で、この時点では海外産のルアーに軍配あり、つまり輸入品に頼る時代でありました。
ネーミングにおいても、「スズキ」のことを「シーバス」と呼ばれるようになったのも、この頃だったと思われます。
因みにルアーだったら何でもよかった訳ではなく、そこそこタフでボリュームがあり、風の中でもより遠くへ飛ばせる事が前提でありました。その理由はスズキはバスよりも遥かに大型になるしスズキが生息するのは河口~沿岸地域など風波を受ける広いフィールドになる為です。

当時スズキ釣りではどんなルアーが使われていたか?
30年前のルアーが手元に出てきた事もあり、当時の事を思い出しながら(私の分かる範囲で)当ブログ記事に書くことにします。勿論、これが地方地域のフィールドによって異なるかもしれませんが、概ねこんな感じということでご理解頂ければ幸いです。

■ラパラ社(北欧フィンランド)CD-11(ラパラカウントダウン11cm/16g)

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ラパラ…もう説明不要ですね。
ルアーをやっている人なら誰もが知ってるルアーで、誰もが一度は手にしたルアーで、誰もが恩恵を受けたルアーではないでしょうか。
敢えて “さわり(要点)” だけを記載させて頂くと、北欧フィンランドの貧しい漁師(ラウリ・ラパラ1905~1974)が生みの親で、そのラウリの考案されたルアーがのちに世界のトップメーカーになります。ラパラルアーの原型といわれるものは1936年(今から81年前)、コルクにアルミ箔を巻いたシンプルなものでしたが、この漁師の経験が蓄積されたこのルアーは驚くべき釣果を産み出した(これが後に名品オリジナルフローターの原型になったと言われております)。1939年冬戦争(ソ連がフィンランドに侵入しフィンランドが独立を守り抜いた戦い)でラウリは兵役に就きここでも大活躍。魚の調達でラウリの作ったルアー驚くべき威力を発揮したそうです。その噂はフィンランド中に広まり、戦争が終わる頃にはラウリのもとにルアーの注文が殺到、それを期にラウリは息子と共にルアー職人の道を歩む事となりました。

多くのラインナップがある中、1965年に往年の名作といわれるカウントダウンというシンキングミノーが発売され、これが20年後にスズキ釣りのルアーとしても注目される事となりました。1970年代後半になると遂に日本にもラパラルアーが輸入されるようになり、1980年代日本にルアーフィッシングブーム入ると爆発的人気(第二次ラパラブーム到来)となり、店頭には「これでもか~」と言わんばかりラパラが並び、どんなフィールドでもスタメン的なルアーであった事は確かです。

昔のラパラは画像のように口紅と腹巻が主流で手作り感がより強かったのが特徴です。80年代中期ぐらいになると口紅腹巻タイプからエアブラシ塗装に変わりましたが、当時はこれらが混在していた時期がありました。
プラグルアーの元祖である事は言うまでもありませんが、ハンドメイドルアーにおいても草分け的存在でプロアマ問わず多くのルアービルダーの手本になったのは言うまでもありません。

そして日本向けの “ジャパンカラ―” が発売されたのが今からちょうど30年前(1987年)、日本を象徴した紅白(レッドヘッド)カラーをはじめ、アユ、ワカサギ、オイカワなどの日本のべイトフィッシュを模倣したカラーも登場しました。ラパラはフィンランドのメーカーなのにこの柔軟性は素晴らしいもので、これらジャパンカラーは30年経った今も続き、当時のカラーも中古市場では多くのアングラーの虜になっている。値段は当時も今と変わらず1,500円ぐらいと記憶している。

■ボーマー社(アメリカ) ロングA(16A/15cm)

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1946年に設立したアメリカの超老舗ルアーメーカーであるBOMBER(ボーマー)社、
フローティングダイバー(巻くと深場に沈み、止めると浮く)の元祖ともいえ、どこよりも早くプラスチックルアーを世に出したメーカーとして知られております。
ボーマー(BOMBER)という社名を象徴した爆弾型のルアー(ボーマーベイト)をはじめ、モデルAやファットAなどの名品クランクベイトを産み出しアメリカのバスフィッシングに欠かせないルアーとなりました。
1970年代終わり頃に、ボーマー「ロングA」というミノーが発売されると、後にこれが日本でスズキ釣りルアーとして注目を浴びる事となりました。代表的なのはボディーに反射板が入っており体表にはリアルプリントが施し(見かけはシシャモのような…)、よく見るとラトルは入っているがウエイトが入っていません。分厚いプラスチックで作られているせいか、ボディーそのものに重みがあり、風が吹く中でも飛ばす事ができるルアーでした。
サイズについては、14A=4インチ(約10㎝)、15A=5インチ(約12㎝)、16A=6インチ(15㎝)とインチで関連しており、特にスズキ釣りにおいてはこの16A(15cm)が注目されました。
当時、日本には15cm超えのミノーはあまりなくフローティングミノーでかつ重さが25gぐらいあるのは非常に珍しく、その大きさゆえ店頭でも際立つ存在であったのを覚えております。
フックはイーグルクロ―社製のカドミウムフック(錆防止の為にカドミウムめっきされている)、当時の海でのルアー釣りでは主流になっておりました。しかし、これらカドミウムフックメッキ製品は、環境問題を懸念して、徐々に世から消えていったのを記憶しております。

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これは余談ですが、そのリア部(尾っぽの箇所)を見ると概ねの年代判別が可能で、このリア部がヒートン仕様(ネジ式)になっているのは、30年以上前(昭和時代)のものであるのは確かです。
ボーマーロングAは、70年代後半(79年だったかな?)に生まれ、その間はリアヒートン仕様でしたが、88年にプラドコ社に買収されるとリア部も8の輪(エイトリング)に変わったので、そこで概ねの年代を判定する事ができます。
中古市場でも、「ヒートン仕様」を「オールドボーマー」と表現される場合があり、今となってはそれが認知されつつあります。

また年代によりプリント柄が若干異なり、真中に黒い太い線がはいっていたり、素材がプラスチックではなくボーン素材(ウレタンなどの発泡砲系素材)で作られているものは、限りなく初期モノと聞いた事がありますが、これは定かではないので参考程度に…。
当時は繋ぎ目のバリが目立ち、そんな荒削りな外観ながらも、透明プラスチックなので内部構造が分かり、よく見るとシッカリした作りになっております(実践的機能美)。

このボーマーやラパラなどは30年前以上のものですが、特に懐かしいとは感じません。おそらく “懐かしい” と感じさせるモノとは、(昔は存在していたが)今は姿を消しているからであって、このブログで取り上げた2種のルアーにおいては、~40年も経った今でも姿形を変える事なく世界中で活躍しているルアーだからでしょう。まさに不朽の名作といえます。

追伸)
さて、この頃、日本国産のルアーはどうであろうか?
冒頭でも述べた通り、まだまだ黎明期でやっと日本のメーカーも手を付けはじめた頃。まだまだ個性も方向性が定まってなかったのが現状で、まずは外国製のルアーの模倣から始まったと思われます。
このように80年代初期~中期は海外メーカーが占めておりましたが、その後(80年代後半~90年代になると)日本国産のルアーが勢いを増し、海外ルアーは徐々に出番が少なくなったのを覚えております。

★真冬の鎌倉を楽しむ★ 魚の干物作り(自家製)

  • 2017/01/20 18:26
  • カテゴリー:日記

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今日は大寒!暦の上では最も寒い日にあたります。
そんな寒い冬の楽しみといえば  “魚の干物作り”  です。大寒となれば寒いの一言に尽きますが、この冷たく乾燥した寒風は干物をより一層美味ししくてくれます。

ただ無理に高級魚や大衆魚を揃える必要はなく、新鮮であれば知名度のない魚でも全然OKです。これは、見かけはホウボウにそっくりですが「カナガシラ」とういいます。50匹で1,200円也!マヌケな顔ですが金頭(カナガシラ)という名のごとく頭の骨はとても固く、棘が出ているので気を抜くと手指を擦ったり刺さったり…50本やっつけ終わる頃には手指には小傷が絶えず地味に痛いです。しかしこの美味しそうなプリプリな白身を見ると、今までの苦労を忘れさせてくれます。

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これで10日分のつもりで作りましたが、一度食べたら手が止まらず3日で完食。保存食にならず…。

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そしてもう一つの食材はヤナギガレイです。
このカレイは深場の海域に生息しているので、釣りの対象魚にはなりませんが、魚屋では比較的よく見かけるポピュラーな魚です。
このヤナギガレイを見ていつも思うのですが、見かけはパッとしなく地味で細身な容姿ながら、干物にすると「超」がつくほど旨い!まさに真の実力派といえる魚です。特に冬の子持ちヤナギガレイは絶品そのもので、もし魚屋に鮮度の良いものが売っていたらそれは間違いなく “買い” です。
エラ・ワタはキレイに取除き、オレンジ色の卵だけ残しておきます。それを適度な塩水に漬けてあとは寒風に晒すだけ、これで極上の干物が出来上がります。

★観測史上50年ぶり★ 秋の湘南地区に積雪!そして化嵐(けあらし)発生

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木枯らしの季節になると、スズキへの想いがだんだん強くなります。
地元での本格的なスズキ釣りシーズンは、晩秋の寒さが身に染みる11月下旬から~寒さの最も厳しい大寒(1月中旬)頃までで、この時期は大きなスズキが近場を回遊してきます。
しかし、ここら湘南地区は “超” がつくほどの激戦区で、しかも釣れるポイントが少ないので、
「そこで釣れる魚の数よりも、釣人の数の方が圧倒的に多いんじゃないの」と皮肉りたくなる気持ちです。

私の場合、江ノ島周辺をはじめ、片瀬川河口、片瀬漁港一帯でスズキ釣をしておりますが、スズキ釣りの時間帯として朝マズメや夕マズメが多いせいか、天気が良ければ景色も楽しむ事ができます。
海は、時には訪れる人達を最高の絶景でもてなし、時には牙をむけ人すら近寄せつけない・・・、たった1日であっても天候や海況がめまぐるしく変化し、二度と同じ姿を見せる事はありません。

そして、本日(2016年11月24日)。
何と鎌倉に雪が積もりました(11月の積雪は50年ぶりみたいです)。しかもこの日は最高気温は4℃と、この地区この時期にはあり得ない極寒ぶりでした。
ただこの時期の海水温はまだ20℃ぐらいと暖かく、これらの寒暖差で化嵐(けあらし)が発生。海からは湯気が立ちこめ、とても幻想的な景色になりました。

化嵐が発生する条件は?
「風が吹かず」「気温と水温の温度差が15℃以上あるとき」に発生しやすいと言われております。

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引用:左)YAHOO天気図、 右)神奈川県水産技術センター海況図引用

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■江の島大橋から見た東側(江の島灯台)2016年11月24日

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■江の島大橋から見た西側(片瀬川河口)

で、肝心なスズキは釣れたんかいな? 魚の記事は? 
・・・とツッコみどころ満載ですが、そこはご安心ください(スズキは釣れてませんからッ)。
魚が釣れないと景色の写真が多くなるのは気のせいでしょうか。

★山陰(鳥取大山)里帰り★ 川ガニ(モクズガニ)捕り

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鳥取県ではモクズガニの事を「川ガニ」と呼ばれており、ここで川ガニと言えば100%「モクズガニ」の事を指します。鳥取では捕った川ガニを食べる習慣があり、シーズン(夏~秋)になると地元魚屋やスーパーの店頭でもよく見かけます。各家庭でもカニ捕りは季節の楽しみの1つであって、カミさんの実家の納屋にも例外なくカニ捕セットが備わっておりました。

さて、この木箱は何かと思いますか? この朽ち具合といい、只ならぬ時代の流れを感じさせてくれます。これは捕れたカニを一時的に活かしておく箱で、いわば簡易的な生け簀の役割をしております。驚くべきは、何と50年近く前に作られたもので、3世代にわたり今だ現役で使われており、その中の10年は私も関わっております。

当初、私は「捕ったカニは頑丈なナイロン製のネットに入れておけば大丈夫っしょ」・・・という容易な考えで、捕ったカニをネットに入れて川底においておきました。しかし翌日、破られて空っぽでした(全て脱走)。今度は(反省の意を込めて)念には念を押してネットを3重にしましたが、結果は同じで万事休す・・・。
その一部始終を見かねて、お義父さんが私に「アンタは野生生物の力をナメとる、この箱を使うといい」と、カニ箱を渡され、「フタを閉めてフックを掛ける、さらに大きな石をのせんと、こじ開けて逃げられてしまうけん」と。
初めは、ここまで頑丈で大袈裟な箱でなくても・・・と心の中で思いましたが、細部に至るまで全て理に適っており、使えば使うほど長い経験と知恵が詰まった箱であると実感しました(実践的機能美!)。今となっては、この箱がないと安心してカニ捕りができないほどのスグレモノで、帰省の度に真っ先に確認するのでした。

ここの部落には農家が多く、川から各家庭に水を引き、“自然の洗い場” を設けてあるのが一般的なようです。そこで農作物などを洗ったり、(飲料水以外の)生活用水として使われておりますが、ここで一時的に川カニをストックしているようです。この自然の洗い場は、川から直接引いているわけなので、時折ドジョウやハヤなどがの川魚がひょっこり姿をみせる事も・・・。ここではごく当たり前な光景みたいですが、私が棲んでいる鎌倉では絶対にありえない光景ですし、(魚好きには)この上ない風景で羨ましい限りです。

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モクズガニそのものは私の住んでいる鎌倉にも生息してますが “捕って食べる?” という感覚はありませんでした。それが大人になって鳥取の川で捕れた川カニを初めて食した時、あまりの旨さに感動したのを今でも覚えております。ここでのカニ捕りは「魚釣り」という狩猟的なドキドキ感より、むしろ「栗拾い」のような収穫的なワクワク感があります。

モクズガニのシンボルでもあるフサフサな鋏脚…、これは藻が生えているのではなく地毛、つまり剛毛な腕毛の持ち主といえます。この太く豪快なハサミをよく見ると先端部(茶色の箇所)だけ薄くなっており上下がピタッと噛み合わさる構造になっており、強鋏ながらも実は雑食性で細かい藻などを摘み取るのに適した形状になっております。

内水面において、モクズガニは古来から食用に利用され「がん汁」などが郷土料理として有名です。私の場合は塩茹でか蟹汁にしますが、蟹ミソ(中腸腺)や身は濃厚な味わいで、特にメスの殻の内側に秘めるオレンジ色の内子は究極の絶品といえます。それもそのはず、モクズガニは上海蟹(チュウゴクモクズガニ)の近種で見た目も味もほとんど同じ、しかも日本の川で採れた天然物を食べれるのが魅力ではないでしょうか。

モクズガニは生食禁止です(ウェステルマン肺吸虫の中間宿主である為)。必ず加熱して食べてください。

山陰(鳥取)里帰り★前編★ 大山(だいせん)山麓の魚達

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年に一度、秋にカミさんの実家である山陰(鳥取県大山町)に1週間ほど帰省します。
ウチの息子は “魔の2歳” から3歳になりました。飛行機の座席についても、2歳までは「おひざ」でしたか、3歳から自分の座席を有することになりました(※航空会社の航空券代の規定上、2歳までは無料で、3歳から有料になります)。全日空(ANA)のCAの笑顔と洗練されたサービスに息子も嬉しそう、羨ましい限りです。
羽田~米子間、約1時間ちょいの空の旅、米子空港からは境港線と山陰線の2ローカル線を使って大山方面に向います。

大山町(だいせんちょう)とは、日本海に面した大山(1729m)山麓にある小さい町です。
そんな町ながら海抜0m~1700mの標高差をもつ非常に珍しい町で、ここにいれば標高差による季節の移り変わりを同時に楽しむ事ができます。
この時期は大山の紅葉狩りをしたり、身近な小川で魚釣りや川ガ二獲りなどの水遊びを密かな楽しみにしており、40歳を超えた私もこの時ばかりは童心に帰ります。その小川にはカワムツ、タカハヤ、ドンコなどなど、(生息分布上)関東ではお目にかかれない西日本系の淡水魚が生息しておりますので、ワクワクです。
ただここ日本海沿岸地域ではあと2カ月もすると、ここら一帯は銀世界になります。

★鎌倉の淡水魚シリーズ★ 神戸川物語・鎌倉でアユカケ発見(希少種)!!

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 鎌倉西部(西鎌倉~腰越)に流れる神戸川(ごうどがわ)の川沿に近所の買物に行く際の裏道があり、その狭さから「けもの道」と勝手に名付けております。自転車同士ですれ違うのはおろか、歩行者同士でも気を使うぐらい狭い道なのですが、家からスーパーやコンビニへショートカットで行く事ができ、車の多い公道を避けれるので近隣の住民にとって生活道路なようなものであります。

またここは5月に入ると海から遡上してきた若アユのたまり場となり盛夏の水辺を賑わせてくれます。ごく当たり前の日常光景なので普段はスルーしがちな内容ですが、例年よりアユの群れが多かったのでカメラに収める事にしました。ほんの数分の撮影でしたが見知らぬ方が5名も声を掛けてくれ、普段は誰も口にはしないものの若アユの存在は気にはなっていたようです。
アユは年魚(寿命は1年)、もし人間なら70~80年かけて全うする事をアユはたった1年でやってのけます。
無論、生物それぞれに異なる時間を持っており、生涯のモノサシの尺度が全然違うのだけれども、それにしてもアユは寿命が短いのです。

春、夏、そして秋…、季節の移り変わりをアユと共に過ごしてきたが、いよいよお別れの時期が近づいてきた。
今日もそんな思いで落ちアユを眺めていたら、あれ?!一瞬 石が動いたような錯覚に陥いた。
岩陰から突如姿を現したのは、なっ何と「アユカケ」でした!周囲のハゼと比べてもケタ違いのサイズ、圧倒的な大きさと存在感は堂々たるものでした。

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アユカケ(カマキリともいう)とは、海(沿岸)と川を共にする回遊性のカジカの仲間。秋に産卵のために海に降り孵化した幼魚はしばらく沿岸で過ごすので、その生活史は鮎と非常に似ております。
環境変化に伴い今となれば生息分布を東北まで延ばしているものの、かつて1980~90年代まではここ神奈川が北限とされ(昔の魚類図鑑はそう記載してある)、現在に至ってもここ神奈川で目撃されるのは非常に稀で、ましてここ鎌倉での目撃は過去に聞いた事がない(※そもそも鎌倉市内の河川は保護区という事もあり捕獲データーがない)。

私にとってアユカケとは図鑑の世界だけに登場する魚、この場で見れただけで十分でしたが更に私を驚愕させたのはその数秒後にアユカケのとった行動でした。
岩陰から出たアユカケは底を這いながらアユ群れに急接近、なんと!目にも止まらず早業でエラを使って鋭いUターンで鮎を引っ掛けようとしたのでした。くどいようですが口でなくエラを使ったのだ。
その攻撃でアユ群れは一瞬散ったが1匹のアユだけがその場でパニックを起こし違和感のある泳ぎをしていたのでアユカケの攻撃を受けたと思われる。結果的には未遂で終わったが、本来ならここでその1匹のアユをガブッと捕食するのであろう。私もその瞬間を心待ちにしていたが、(私の気配が気になるのか)岩陰に隠れたままで姿を見せる事はなかった。
それにしてもアユカケの凄い一撃必殺技を見てしまった。1秒…いやコンマ単位での出来事であったがその光景はシッカリと脳裏に焼付いた。

★参考(補足資料)
漫画・釣キチ三平(カジカの夜突きの巻)でこのアユカケがアユをエラで掛けるシーンがある。その一撃必殺技はこの漫画だけの世界だろうと疑っていたが、今となってはそれが本当であったと確信しました。
詳しくは、【釣キチ三平】【カジカの夜突き】【アユカケ】 …この3つのワードを入れて検索にかけるとその該当するコマが出てきます(6コマだったかな?完璧な描写です)。敢えてこのコマに補足させて頂くとすれば、これはほんの一瞬の出来事。1秒いやコンマ単位の世界だったという事です。

………この出来事がきっかけで、
いつもの神戸川に今までにない輝きを放ち、私にとって特別な場所となりました。
アユカケという宝物がこの岩陰に潜んでいる事が分かっただけでワクワクし、せめてアユカケの写真でも…、更なる目標は必殺技であるエラ掛けシーンを動画で撮りたい…と気持ちになっておりました。常にデジカメと動画カメラを身にまとい、カメラ小僧と化しゴールの見えない地味な戦いが始まりました。
初めて目撃してから7日目の朝…、遂にそのアユカケの姿をデジカメで納める事ができました。
アユカケは警戒心が強いのか?近寄るとすぐに岩陰に隠れてしまうシャイな奴。幾度か姿は見れたもののすぐに巣穴に隠れてしまい、なかなか撮影させてくれませんでしたので、忍び足でかなり遠方からズームで撮影しそれを拡大しております。
アユカケの画像はネットで検索すれば多く出てきますし、この画像そのものも全く大したものではありません。しかし、私自身にとって、ここ鎌倉にとって、とても貴重で意味のある写真画像となりました。

このアユカケという名前の由来にはいろいろな説がありますが、きっと昔の清流にはアユ釣りや清流遊びの名脇役としてアユカケがたくさん生息しており、水中でアユを引掛けている光景を誰もが見ていた事でしょう。それ故に昔の人はアユカケと名をつけたのだと(私は)思っております。
エラ掛シーンを動画で撮れなかったのは悔しいですが、自然の生き物相手なのでこればかりは致し方ありません。いつかきっと誰かが撮ってくれると信じ、それまで「エラ掛け一撃必殺技」の事は自分の中だけに留めておく事にしました。

その数週間後…もうそこにはアユの姿はありませんでした。アユが産卵した卵は2週間程で孵化し~来年春まで沿岸付近で過ごし、初夏になると再び若アユ達がこの川に戻り水辺を賑わせてくれる事であろう。そして、私の心を射止めたアユカケも姿を見せなくなり、いつも通りの平凡な神戸川になりました。アユカケもアユ同様産卵の為に海に降るのですが川下りも産卵も命がけです。どうかサギ達に捕まる事なく無事に次の世代に繋いでくれよと…そんなアユカケの行く末を案じてしまう今日この頃でした。
そして近い将来、鎌倉に生息する魚のレギュラーメンバーとして、このアユカケが図鑑に登場する日を心待ちにしております。

フィッシュナビの夏休み? ~焼き場 担当~ 

  • 2016/08/15 14:23
  • カテゴリー:日記

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鎌倉も・・、湘南も・・、世間も・・、夏休み一色です!
特にウチは遠出した訳でもなく平凡な夏でしたが、地元の町内会で何かしらのお祭りや催しがあったので暇なく過ごせた気がします。
お祭りも大~小規模あり、大人からすれば大した内容でない事も、子供は純粋に楽しめる術をもっております。これは親としても(大人としても)関心しなければなりません。私たちもかつて子供の時はそうだったのかもしれませんが、歳を取るにつれて経験と引換えに感性が失せていくのを感じました。たとえ豪勢な事はできなくても、子供のようなワクワク感だけは大人になっても失いたくないものです。
身近にあるもので、自分ができる範囲で、それを最大限に楽しむ術を持つ・・・やはり子供から教わる事は多いです。

今が夏だからなのかもしれませんが、ウチでは炭火焼がちょっとしたブームで、休日のランチになると子供も楽しみにしているのかBBQコンロを引きずり出してきます。
私は魚料理が好きで、季節により自分で勝手にテーマを設けているのですが、今月のテーマは「鮎」、毎週のように何かしらの鮎料理が食卓に並びます(スーパーで買った養殖モノですが)。鮎はやはり炭火焼が一番!このような川魚は時間をかけてじっくり焼き枯らすのがコツです!たとえカミさんに催促されても、子供にメチャクチャに絡まれても、焦りは禁物!じっくり、じっくり・・・遠火で鮎を焼き枯らすのです。

火を見れば、何か食材を焼きたくなるのが人間の本能です。焼いている最中に、棒パンだの~、ウインナーだの~、マシュマロだの~、いろいろな具材の侵略がありますが、頑として魚の焼き場を守りぬくのが私の務めです。どんなにユルい内容でも、それが楽しいなら絶対に手を抜かない、これが私の遊びや仕事のスタイルでもあります。
それにしても、炭火で焼く魚はなんて旨い事でしょう!

★究極の魚料理シリーズ★ 最も脂がノった時鮭(5~6月の天然生サケ)で冷燻を作る

  • 2016/06/21 18:11
  • カテゴリー:日記

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毎年6月になると、いつかは実現したいと考えていることがありました。
それは「最高に脂がノった6月の天然時鮭」を使って、冷燻(=生の燻製)を作ることです。
サーモンの燻製なんて世の中にどこにでも見かけますが、6月の最も脂がノった天然時鮭(しかもそれを冷燻にする)となると一気にハードルが上がります。それは時期的なことも含め、予想以上の課題があるためです。そんな型破りな料理に挑戦してみたいと思います。

★まずは寄生虫(アニサキス)対策
相手は天然のサケ、冷燻といえど生(なま)の延長上で食す事になるので、まずは寄生虫対策としてシッカリ冷凍して寄生虫を死滅させなければなりません。海産の天然サケ・マスには、ほぼ100%の確率でアニサキスなどの寄生虫がいると言ってよいでしょう。ただ、生まれつきサケにアニサキスが寄生している訳ではなく、アニサキスのいる海域でオキアミなどの甲殻類がそれを捕食して、食物連鎖により上位の生物へと寄生していくわけですね。つまり、オキアミ⇒小魚やイカ⇒大型魚⇒最終的にはアザラシやクジラなどの海獣が最終宿主となり、そのサイクルを繰返します。

因みに養殖サーモンが生の刺身で食べられるのは、アニサキスのいない環境下におり、アニサキスの由来しない餌で育っているからです。陸封された湖産サクラマス等も生で食べられるのもアニサキスの由来しない閉鎖的な環境で育っているためであります。でも天然の海産サーモンはそういう環境下ではないので、もし「生」で食べるとなると「冷凍」の下ごしらえは必須になります。

そして最も脂がのる6月…、実はこれが一番厄介な時期なのです。燻製を作る際のベストシーズンは「冬」で冷たく乾いた空気の環境下(=細菌を増やさない環境)で作るのが理想なのですが、時鮭が獲れる6月の時期はそれらの条件を全て覆してしまうのです。

特にこの梅雨期の6月は湿度は高く、悪天候で天日にも嫌われ、そして気温は25℃以上の日が殆どなので、もし外で干そうなら乾く前に腐ってしまったり、脂が酸化して身が台無しになってしまいます。なのでこのジメジメした時期は冷蔵庫の中で乾かすのが最もよい方法と思われます。しかしソミュールやピックルなどの調味液に漬けて乾燥させる従来の工程ですと冷蔵庫内で思うように乾いてくれず時間だけが無駄に過ぎてしまうので、このケースにおいては液漬けでなくベタ塩で脱水した方が早く乾燥できる事が分かりました。水分が抜けたら、無駄な塩分と水分は冷水で洗い流し水気をシッカリ拭き取ってから冷蔵庫に入れれば1日で表面が乾きます。

ここまでに至る工程はとても多いけれど、この「生」の状態から次々へ展開していく訳なのでスピードが命!どの工程も丁寧かつ速やかに進めていかなければなりません。
生の状態から完成するまで1週間あまり、生の時と比較すると半分ぐらい凝縮しているのは水分がシッカリ抜けて程よく塩分を吸収している証拠、これが基本となり濃厚でコクのある冷燻が出来上がるのです。

手塩にかけて育てた一品、食べるのはほんの一瞬!
このご時世、効率と結果だけが評価される世の中ですが、私はそのプロセスをとても大事にしております。余計な事を一切考えず、無心にとことん探求するのも心地よいです。全ての苦労が報われた極上の味でした。

イタマス(肥大化した海産サクラマス)の炭火焼きを食べる 

  • 2016/06/08 12:27
  • カテゴリー:日記

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今日のお題は、真マス(まます)です。
東北~北海道地方では海産サクラマスのことを “真マス” と呼ばれ、春~初夏にかけて東北~北海道の沿岸地域の定置網などで漁獲されます。いわば季節限定の旬な魚ですね。

私は生まれも育ちも神奈川県ですが、東北にも深い縁がありました。
それは私の出身校は北里大学(水産学部)で、その水産学部のキャンパスが東北にあったからです(岩手県三陸町越喜来/現大船渡市)。そのため、魚好きな私が水産学部に行くことも、その結果、東北で暮らすことも、そしてここで真マスに出会うことも、今思えば必然的だったのかもしれません。そこで初めて “旬の真マス” を食べた時、あまりの旨さに感動!もう卒業してから20年近く経ちますが、その感動は今でも忘れる事なく鮮明に残っています。

因みにタイトルの「イタマス」とは何かを説明します。
初春~初夏になる頃、東北の沿岸で真マスが漁獲されるようになり、鮮魚店では大小様々なサイズの真マスが並びます。その中でひときわ目立つ真マスがおり、それは胴体だけがあまりにも肥大化しすぎて、頭や尾が小さく見えてしまうほどで、その体型は「流線形」 というよりむしろ「ひし形」に近い。そんな肥大化した真マスは、板のように見えることから「イタマス」と呼ばれております。

真マスの値段は、その時の漁獲量やサイズ(重さ)相応でピンキリですが、通常50センチぐらいの真マスだと3~5千円レベル!もし大きなイタマスを1本買おうなら1万円を軽く超えるでしょう。勿論、当時学生だった私が真マスを買えるはずがなく、それを凌駕するイタマスが登場すると「ありゃ~すげぇな~」と、畏怖の念を抱いて見ていたのを憶えております。おそらく一般家庭の食卓向けというより、料亭などに流れるのかもしれません。

そんな当時の私に真マスをもたらせてくれたのは、アラ(切落とし)の存在でした。これは安かったです!ただ切落しだからといってバカにはできなく、カマや頭だけでなく、腹身や時に大きな切身までもが入っており、そんな大ざっぱなアラだって味は同じで、丁寧に塩焼きにして食べるのが私にとって極上のひと時でした。

では、食の観点で、サクラマスの生活史に触れてみます。
サクラマスの寿命は、約4年といわれております(中には前後する個体もいますが)。
また後で詳しく述べますが、初めはヤマメとして川で孵化し、その一部がサクラマスとして海へ下る準備をします。そして数年間にわたり親潮の大海原を回遊してスクスク育ち、4年目に春に母川(生まれた川)のある沿岸に接近し、春~初夏にかけて川に遡上し、秋には産卵して生涯を閉じます。では、体(身質)にどういう変化が起きるか・・・というと、若魚のうちは成長段階なので脂肪が少ない(=あまり脂がノっていない)ですが、それが4年目(産卵する年)に入ると最後の仕上げと言わんばかり急成長します。これは同じ生活史を送る鮭(北半球のサーモンも含む)に関しても同じ事がいえます。

毎年3月ぐらいになると、“旬の走り”として魚屋でも見かけるようになりますが、脂のノリはまだまだな気がします。それが4月~5月にかけて更に大型化し、肥満度とウエイトがピークに達します(まだ生殖線が小さいです)。そして6月を境に、それ以降は秋の産卵に向けて生殖腺(筋子や白子)に栄養を取られていくので身がどんどん痩せていきます。
その為、「食」に関して言えば、ベストシーズンは初夏(4月~6月ぐらい)、大型で太った真マスを見かけたらそれは間違いなく「買い」でしょう。もし1本あたりが4~6kgクラスの大型真マスの場合、切身で換算すると一切れ当たり500円以上するかもしれませんが、それでも買いです。高くてもこの魚の味は絶対に裏切りません。

素材そのものが良いので、料理はシンプルでありながら王道の「塩焼き」が一番美味しいと思います。脂がとても旨くコクのある魚で、炭の火力が強いと脂に引火して炎上してしまうので、私は火力が落ち着いてから脂を落さずジワジワ焼くのが私の好みです。

そしてもう一つ、真マスを美味しく食べれる料理として西京焼きがあります。もともと味噌との相性が良いのですが、コクと旨み、そして香りを味わう事ができます。切身を2日間ほど漬けると適度に水分は抜け、味噌の旨みを吸い身質がギュっと引締りこのように透明感のある濃厚なオレンジ色になります。これでだいぶ保存も効くようになり、違う方面からも真マス料理を楽しむ事ができます。ただ西京味噌には糖が含まれているのでので、気を抜いているとまっ黒に焦げになりますので、塩焼きの時よりも火加減にご注意ください。

追記)
こんどは学術的な観点で、サクラマスについてもう少し詳しく書きたいと思います。
因みに、サクラマスというのは、=ヤマメ のことなのですが、ヤマメは河川残留型(川に残るタイプ)、サクラマスは降海型(海に下るタイプ)であり、同じヤマメなのにそれぞれが異なるライフスタイルをもつようになります。いずれも、はじめはヤマメとして孵化しますが、その中でサクラマス化する個体には顕著な変化が見らえるようになります。それは体のパーマーク(黒の斑紋)が消え “銀毛化・端黒化” し、海に適応できる体が出来上がると、いよいよ海へ下る準備をします(※)。

※)銀毛(ぎんけ)・・・・鱗が銀白色になる事(=スモルト化ともいいます)
※)端黒(つまぐろ)・・・ヒレの先端だけが真っ黒になる事

また銀毛化(サクラマス化)すると、闘争に関与するホルモンが減少し(→争いなく群れで行動するようになる)、成長ホルモン増える(→体が大きくなる)など、ホルモン分泌なども関与していることが解明されており、これは海だけでなく、湖でも同様にサクラマス化の現象が起きます(これを、陸封型のサクラマスといいます)。
餌の少ない渓流では、餌にありつける場所をめぐり縄張り争いが絶えませんが、餌の豊富な大海原では群で行動した方がハンティングの効率がよいのでしょう。

でも遺伝子的にはヤマメもサクラマスも同じなので、例えば、♂ヤマメと♀がサクラマス(その逆でも)が交配しても、同じヤマメやサクラマスが生まれるわけで、それは自然下でもごく普通に行われております(勿論、学名も同じです)。ただ、生まれてくるヤマメとサクラマスの比率については、不思議なことに緯度が高くなるにつれて降海型(サクラマス)の割合が多くなる傾向があります。
例えば・・・、自然下において、関東だと殆どがヤマメであるのに対し、東北や北海道にまで緯度が上がるとヤマメとサクラマスの割合がおよろ半々に、そして更にロシアにまで緯度が上がると全てサクラマスになり、ヤマメがいない・・・という現象が起こります。

ただ、何故ヤマメがこのように二極化の形態をとるのか?・・・は、分かりませんが、サケ科独自の子孫の残し方の形態の一つと考るしかないでしょう、そう私は答えております。

やはりトビウオは旨かった!相模湾の朝獲れ

  • 2016/06/01 15:56
  • カテゴリー:日記

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今日のお題は「トビウオ」。
フィッシュナビの仕事柄、南方系のフィッシングツアーをコーディネートしている私にとって、トビウオは比較的馴染のある魚です。ただ決して南国だけの魚ではなく、夏季には黒潮に乗ってここ地元相模湾でも漁獲されるようになります。“朝獲れトビウオ” ・・・それはそれは新鮮そのもの!まっ黒な澄んだ目に銀白色の腹、濃紺の背中からチラっと輝かせるコバルトブルーは非常に美しい…。今までトビウオには興味のなかった私もおのずと引き寄せられてしまったのでした。
新鮮なトビウオだな~と見ていると、買い物客達は迷わず手にし、飛ぶように売れているのです(トビウオだけにね)。私がモタモタしている間にあっという間に売切れてしまったので、次の日に再び魚屋に足を運び10尾買うことにしました。
刺身、塩焼き、焼き枯らし、揚げ、汁物として…、特に焼枯らしたトビウオをご飯の上にのせアゴ出汁をかけたら絶品でした。脂は全くのっていませんが身にはシッカリ旨みがありそれを楽しむ魚なのか~と理解しました。皆さんがトビウオが旨い魚である事を知っているんですね。

★芦ノ湖の釣り★ 自然の教え 

  • 2016/05/16 18:33
  • カテゴリー:芦ノ湖

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私にとって “箱根・芦ノ湖のマス釣り” は、私が長年続けている年間行事のひとつであります。
ただ私は箱根に住んでいるわけではないので、常に状況を直に確かめることはできませんが、身近な “自然の教え” をもとに釣りのスケジュールを組立てます。例えば、ウチの近くにある桑の木がその 一つ、いわば私にとって情報屋なようなものです。

1)桑の花が咲く頃、シーズン開始。2)青い実をつける頃、シーズン本番。3)実が熟す頃、シーズン終盤。4)実を落す頃、シーズン終了。

・・といった感じに、教えてくれるのです。もちろん、それら双方に直接的な関係はありませんが、間接的には切っても切れない関係なのです。
また農業においても、春に種蒔きするタイミングの一つとして、山の残雪の形を参考にしていることを聞いたことがありますが、この感覚と非常に似ている。

長年この手の釣りをやってて気づくことは、毎年、毎年、春は訪れるのだけれども、同じ春は一度たりとも存在しないということ。その為、前もってプランを組立てる上での必要な情報は、自身の経験則や自然の便りを駆使しております。

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この一連の流れは、たった1か月内の出来事ですが、ただ今年の芦ノ湖の状況は1週間ぐらい早い気がしました。例年ですとまだ行かない時期ですが、今回は “トライアル釣行” と称し、慣れない4月の芦ノ湖に足を運ぶことにしました。この時期ここ箱根での気温は数℃~15℃と寒暖の差が激しく、標高723メートルに位置する芦ノ湖付近では、ちょうどサクラが満開でした。

さて、4月の芦ノ湖を一言でいうと「時期的にはベストシーズンながらも意外に難しい」に尽きます。湖沼学観点でいうと、ターンオーバー(春の外気温が湖水と同じぐらいになり季節風で湖の表層~低層までの水が撹拌される現象/水の性質より)でマスの適水温は広範囲となり、かつ餌となるワカサギも接岸したり沖にいたりでマスが分散しポイントが全く絞れないのです。特に、私のように岸から狙う釣りの場合は、その場でジッと待ち続けるいわば受身的な釣り方なので、その良し悪しが顕著に表れます。大抵はボウズを食らいますが、今日に限ってはいつもと違うようです。

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午前中は無風で全く魚の気配なし!仕掛けを投げても、投げても全く反応がなく、もう梨の礫(なしのつぶて)状態でした。ところが、昼頃になると良い南西風が吹き状況は好転!突如、竿を曲げたのは普段なかなかお目にかかれない野生化した大型ブラウントラウトでした。風で湖面が荒れたのでブラウンも警戒心を解き、浅場にまでワカサギを探しに来たのでしょう。

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今日はお花見しながらノンビリ釣りでも、という気持ちでしたのでビックリです。もちろん「釣った」ものではなく「釣れた」ものですが、長年やっているのでたまには予期せぬことがあってもいいのかなと。
なぜか本気で挑むよりも、良い結果になってしまったのは微妙な気持ちですが、そこは結果オーライとしときましょ。普段は、大き過ぎる見栄っ張りなクーラーボックスも、今日に限っては大活躍でした。

幻魚(ゲンゲ)を食す

  • 2016/02/18 20:56
  • カテゴリー:日記

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これはゲンゲ(正式にはノロゲンゲ)といい、日本海の深場で獲れる魚です。
私の中で一度は食べてみたかった魚の1つですが、私の住む太平洋側では殆どお目にかかれませんが、偶然にも魚屋で売っていたので迷わず即買いです(日本海産)。
画像では上手く説明できませんが全身が分厚いゼラチン質でまとわれており透明感があり、そのプルンプルン感は相当のものです。一昔(昭和50年代)に流行ったスライムをご存じでしょうか?その感触とそっくりで私も当時を思い出しました。「ジェリーフィッシュ」とは本来クラゲのことを意味しますが、私はこのゲンゲにこそ命名してあげたいぐらいです。

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さて、ゲンゲの代表的な料理と言えば「天ぷら」「鍋」です。捌くとキレイな白身にゼラチンが包み、見ているだけで美味しそうです。これを天ぷらにした時は「外はカリッと中はプルンプルン感」を味わえるのかと期待しましたが、そのゼラチンはプルンプルン感ではなくドロっという食感でした。イメージとしてはまるで生の卵白をすすっているような感じです。これは火を通して変わらないので、もしこのドロッと感がダメな人はこのゲンゲは苦手かもしれませんが、それさえ気にしなければとても美味しく頂けます。

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番外編として、今回は「干物」にも試してみました。
日中ゲンゲを干して、夕方に取り込もうとしたらビックリ!「えっアンタ誰?」とツッコみを入れてしまうほどです。あの丸々したゲンゲを干してからは想像つかない薄っペラぺラな姿に、あまりにも変り果てた姿にゲンゲの面影は一切ありません。体を構成しているのが殆どが水分なんですね。ここまで干すとゼラチン感はありませんが、骨まで食べられ、素朴ながらも美味しかったです。

相模湾マイワシ(巨大編)全長28cm(尾又長25.5㎝)/重さ179g! 節分編

  • 2016/02/04 16:06
  • カテゴリー:日記

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見てください、このマイワシを! まるでニシンを思わせるような巨大マイワシです。

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前回のブログでも大イワシを取上げてて、これでイワシの話題を終えるはずでしたが、更なる刺客が登場。通常は20cmを超えると「大羽イワシ」と呼ばれるのですが、今回はそれを凌駕する平均26cmサイズ(平均150g)、何と最大は何と28cm(尾又長25.5cm)重さ179gの超大物です。

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前回ブログで紹介した大羽イワシも(20cmをゆうに超え)相当大きかったです。でも今回のは更に1まわり、いや2まわり大きい・・。しかも近海(相模湾産)朝獲れモノで1本=75円と庶民にやさしい価格暴落ぶり。よっぽど大漁だったのでしょう、本当にラッキーな買物でした。迷いなく×20本購入。てっきりノッコミ(子持ち)イワシと思いきや、お腹を開けるとワタは脂肪で覆われ真っ白、体全体が分厚い皮下脂肪で覆われ、丸焼きにすると滴る脂に引火しグリルは大炎上!まるで固形燃料を焼いているようでした。半分は干物にして節分で食しました。

今季はサンマには全く恵まれませんでしたが、イワシに関しては大当たりな年でした。良いイワシを沢山食べたなと実感します。

相模湾マイワシ(大型編) エグゼクティブ編

  • 2016/01/12 15:58
  • カテゴリー:日記

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今年のイワシの当たり年なのか、大きさは20cmを超えた「大羽イワシ」をよく目にします。親潮に乗ったイワシ達(プランクトン豊富な親潮に乗って北海道→宮城→千葉へ南下しているイワシ達)は体を太らせ脂がしっかりノッております。通常マイワシの旬は、真夏~初秋にかけて最も脂がノリ、冬~春にかけては身が痩せていくのが一般的です(産卵のため、卵や白子の方に栄養がいってしまうため)。しかし今年はエルニーニョの影響なのか、水温の高い状態が続いており、イワシ事情もいつもと違うようです。もし秋~初冬に魚屋で見かけたらそれは間違いなくそれは「買い」でしょう。捌くとビックリ!「何じゃ~この脂のノリは~」といわんばかりに真っ白な脂肪が覆っております。1本100円×10本の大人買い、刺身と柚子〆イワシで美味しく頂きました。

相模湾マイワシ(中型編) 550匹組手/自家製アンチョビ作り

  • 2016/01/10 16:14
  • カテゴリー:日記

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年に1回 “腰越港まつり” にて、
そこで「朝獲れ鮮魚の掴み取りコーナー」があり、それは1回100円でビニール袋に詰め放題できるシステム。それを×4回分購入しました(あとで数えるとマイワシだけでも550匹!)。このまま100円を払い続ければ、1000匹、2000匹は軽く超えると思いますがクーラーボックスは既に満タン、その後の処理時間を考慮するともうこれが限界かなということで家路に・・・。

早速、頭落して、腹切って、内臓出して、血合い落として、洗って・・・・の単純作業を繰返すこと×550回!半日仕事になりました(因みに画像に映っているのは250匹分ですから!)。
とりあえず半分は料理に、半分は真空パックしてシーラーにて冷凍保存にて、刺身、つみれ、唐揚げ、南蛮漬け、干物、煮物、アンチョビへと姿を変えました。心地よい疲労とイワシの満腹感に満たされ就寝。次の日に起きたら全身が筋肉痛でした。

★松葉ガニ検定★ これを読んだらカニ検定80点以上取れます!

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冬の荒狂う日本海にて…

日本の地形上、夕日(西側の空)を背にした場合、もし海が左側にあれば=太平洋であり、右側にあれば=日本海です。当たり前といえば、当たり前なのですが、鎌倉(太平洋側)育ちの私からすると、夕日=海は左側という感覚が強く、この真逆の光景に立たされると、「あぁ、遥々日本海の地に来たんだなぁ」と実感します。

私のカミさんは、山陰(鳥取県大山町)出身で、またカミさんの誕生日である12月になると実家から松葉ガニが送られてきます。その恩恵に感謝し年に一度だけ贅沢させて頂きます。この松葉ガニというのは、いわゆる「ズワイガニ」の事をいいます。気候と栄養豊富な海域である日本海側育ちのズワイガニはとても美味とされ、それが、越前ガニ、松葉ガニ、間人(たいざ)ガニ、等、地域ブランド化されております。
同じズワイガニでも日本海産のブランド化されたカニは、その市場価値は他産のズワイガニの数倍~10倍と跳ね上がると言われ、それら偽装を避ける為、獲ったら蟹のハサミにブランドタグを巻いて区別をつけております(私からすればどのカニも美味しいですが)。

鳥取県産の松葉ガ二の中でも、2015年秋には新しいブランド「五輝星(いつきぼし)」が誕生しました。甲幅13.5cm以上、重さ1.2kg以上、そして姿が完全である事(手足の欠損がないなど)、ほか色合いや身入りなど厳しい基準などもクリアしたものだけが「五輝星」の名を与えられます。平均的には2万円前後と思われますが、それが初物(はつもの)である場合、何百万円と値がつく事もあります。

因みに、我々がカニとして喜んで食べているのはズワイガニのオス(♂)であって、メスはとても小さく「セコガニ」「親ガニ」という名で売られており、地元消費が主になります。値段も雄ガニの1/10程度(300~1000円ぐらい)で小さいゆえに身がわずかなため、汁物にしたり、卵や甲羅の内側にある内子(卵巣)を食したりするのが一般的です。
甲羅についている黒い点々は、カニ蛭(カニビル)といってこれが付着しているのは脱皮してからしばらく経つものを意味し、筋肉がしっかり形成し(=身が詰まっている状態)美味とされてます。つまり逆をいうと、脱皮した直後のカニの身は水っぽくて身が細くズボッと抜けるので「ズボガニ」といいまた殻が薄くて輸送も難しいので地元消費が主みたいです。

ちなみにこのズワイガニの寿命は?
魚の場合、鱗(うろこ)の年輪をみれば概ねは判定できますが、カニは脱皮により殻を脱ぎ捨てて成長するので何を指標にしたらいいのか分かっておりません。殻の径でおおよその脱皮数をみるそうです。ただメスに関しては11回の脱皮、オスは~13回脱皮をしたら生涯を終えると言われております。メスの場合、年に1度、定期的に脱皮するのですが(最長寿命は11年ぐらいと推測)、しかしオスは個体によって脱皮の時期はバラバラ(~13回/10数年と推定)。

「カニ検定」の参考資料に頂ければ幸いです。これを読んだ後にカニ検定をすると80点以上は取れると思います。

芦ノ湖 イワナ撮影会(2015年晩秋)PART2 *産卵編*

  • 2015/12/13 17:19
  • カテゴリー:芦ノ湖

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芦ノ湖/箱根町の明神川へイワナ撮影(第2弾)。
晩秋~初冬のイワナ撮影は、寒さとの戦いになります。この時期は箱根山から吹き降ろす寒風に晒されますので、撮影の際には完全防寒装で挑んでください(8時AM/気温は3℃)。

※)撮影場所は、箱根新道(芦ノ湖出口)をおりて国道一号線にぶつかる付近です(上記画像参照)

さて、今日のお題は「ペアリング」です。
まずはペアとなっているイワナ探しから始まります。明神川の最上流(魚止め)あたりが良さげです。

■画像(左上):上流部にて大きな♂イワナを発見。ここを撮影ポイントに決定!
■画像(右上):もう♂は♀にピッタリです(カップル成立)。
■画像(左下):他の♂イワナが近づこうなら本気で追払われます。
■画像(右下):ゴ~ルインッ!タイトルのごとく(産卵放精)。

どうやら双方に阿吽のタイミングがあるようです。♂は後ろから一瞬で♀に接近し寄り添った瞬間、身を震わせながら産卵と放精をします(雄が身震いして一瞬水が濁るのできっとそうであろうと推測)。その行動はたった数秒程ですが、それを何度も繰返しておりました。

くどいようですが、ここは釣ってはいけない場所、釣ってはいけない時期なので「見~て~る~だ~け~」ですからね。間違っても竿を出してはなりません。しかし来シーズンに解禁なったら私も釣師としてここ芦ノ湖に再訪しますので、その時はまた遊びましょう。
その1週間後…、もうここにはイワナ達の姿はなく平穏な明神川になっておりました。産卵という大仕事を終え、湖に帰っていったのでしょう(お疲れ様でした)。
辺りの木々は殆ど落葉し、芦ノ湖周辺はすっかり冬景色。ここは箱根駅伝(往路)第5区のゴール付近、数週間後は駅伝で大賑わいになっている事でしょう…。

芦ノ湖 イワナ撮影会(2015年晩秋)PART1 *イワナの舞*

  • 2015/12/05 16:26
  • カテゴリー:芦ノ湖

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芦ノ湖に注ぐ明神川(箱根町)は一見ただの小川なのですが、秋~冬にかけて産卵の為に湖から遡上するマスを観察する事ができます(運がよければ)。簡単ではありますが見どころを紹介(11時AM/気温7℃/北風)。

■画像(左上):スタート地点は河口(漁協前)から。
■画像(右上):大ブラウン(♂)をイワナが囲っている様子。
■画像(左中):婚姻色の出た♂イワナは体色が黄色みがかりヒレが黒くなる。
■画像(右中):執拗なアタックの甲斐もありカップル成立か?
■画像(左下):明神川の魚止め(魚が遡れる最上流)。
■画像(右下):イワナは50cm級だが、ブラウンがあまりにも大きすぎて小さく見えてしまう。

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勿論、ここは保護区域(釣禁止の場所)なので「見~て~る~だ~け~」です。でも眺めるだけでもかなり面白く見どころ満載です。

最近気になる奴がいる ★巨大ハギ(ウスバハギ)★ 江ノ島産

  • 2015/10/25 16:24
  • カテゴリー:日記

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最近魚屋で目にする気になるヤツがいる・・・その名はウスバハギ。
江ノ島沖の定置網で獲れた、まさに朝獲れ鮮魚です。
大きさは60センチ近くあり、その圧倒的な存在感は買物客たちの格好な標的に。
誰もが開口一番で「デカッ」と興味を示すも、買ってどうこうしようという様子はなく誰もがスルー(でしょうね)。私もそう思い一度はスルーはするものの、やはり気になり足が止まる。
とても新鮮で、地元江ノ島産の朝獲れ!と書いており、今晩はいろいろ試してみようかなということで私が買い物カゴに2枚入れると、見知らぬ人が「へぇ~アンタ買うんか?」、買物客とすれ違う度に「デカッ」と言われ、レジの方にも「おお~(デカッ)」と言われ、ちょっと恥ずかしいですが頑張って買いました。
家に帰ればカミさんや息子にも「デカッ」とツッこまれ、今日は何回それを言われたことやら・・・。

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薄黒い皮を剥ぐと何ともキレイな白身を覗かせ、食欲をそそらせます。
刺身、天ぷら、焼き、干物、煮つけ、鍋、煮コゴリ、何にしても美味しかったです(次回も売っていたら必ず買おっと)。

★芦ノ湖の釣り★ 初夏のイワナ釣り(接客フィッシング)

  • 2015/06/25 16:11
  • カテゴリー:芦ノ湖

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箱根の山間部でも緑が濃くなり、芦ノ湖もワカサギの接岸ピークが過ぎて、あと数日でワカサギがいなくなりそうな気配です。それを知ってか知らぬかイワナ達がそのワカサギを追って岸スレスレにまで探しに来ており、ワカサギを食い漁っている様子を目にする事ができます。
この時期、浅場の水温は17℃を超えており、冷水を好むイワナ達にとってはちょっと辛いであろうが、ワカサギを目の前にそんなのお構いなしなご様子。あの警戒心の強いイワナ、このようにハメを外した姿を見せるのは非常に珍しいです。

岸釣ファンとって、こんな好待遇を受けられるのは一年の中でもほんの一瞬、せいぜい1~2週間程度でしょう。今日は普段からお世話になっている先輩をお連れしての釣行だったので、このような好条件で “おもてなし” する事ができて本当でよかったです。

釣ったイワナはワカサギを飽食しており、身にはシッカリ脂がノっておりました。刺身・塩焼き・山椒味噌漬け・燻製にして美味しく食しました。全体的に言える事ですが、今年2015年はイワナがよく釣れた年でした。

近海にカジキ現る ~鴨川沖(千葉)より~

  • 2014/08/15 18:49
  • カテゴリー:日記

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お客様が近海でブルーマーリン(クロカジキ)を見事釣上げ、そのブロックを一部頂きました。魚の鮮度を保つ為、なんと船上で解体、即日発送段取までしてくださりました。
早速、私も適度な大きさにカット&脱気シーラーにして、スタッフ、知人に配り終えました(即なくなりました)。この1本のマーリンが多くの人の幸せと胃袋を満たした事でしょう。本当にありがとうございました。
上がったのは千葉の鴨川沖ですが、確かにこの日は黒潮の帯が近くまで寄っておりました。

★芦ノ湖の釣り★ 今シーズン最後の一本締め

  • 2014/06/30 12:02
  • カテゴリー:芦ノ湖

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芦ノ湖も梅雨に入りました。
湖面の水温が20度を超え、浅瀬にはモエビがどんどん増えてきました。そうなると高水温を嫌うトラウト達はどんどん深場へ移動してしまい、岸からの狙えるトラウトフィッシングは終盤を迎えます。おそらく今週がそのボーダーラインでしょう。でも気温が低い早朝時は、浅場をウロウロしている個体がいるので、その時はまだまだチャンスあります。
朝4時半に開始、第一投でいきなり掛ってくれた貴重な1本、今シーズン最後の締めくくりにふさわしい、ワカサギを飽食した丸太のようなブラウンでした。ワカサギもモエビもチョットだけお持帰り、夕飯のおかずはこれで決まり!

また、釣った4種のマスを冷燻を作って食べ比べをしました(左からブラウン、サクラマス、ニジマス、そしてコーホ)。脱水、燻、熟成・・・それら行程に1週間ほどかかり、水分が抜けたせいか生身(刺身)の時よりもふた回りぐらい小さく凝縮し、味も濃厚です。
各種トラウトの味の比較はというと、ン~身質や食感は違えど同じ燻製液で味付けして燻しているので風味は同じでした。これも経験であり勉強です。

★芦ノ湖の釣り★ 私のお家芸?(接客フィッシング)

  • 2014/05/26 18:46
  • カテゴリー:芦ノ湖

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フィッシュナビの仕事柄、ソルト、フレッシュ、ルアー、フライ、餌釣り、魚グルメ、魚種や釣のジャンル問わずいろいろな会話が飛び交います。これが私の日常です。ただ、この時期に限ってはトラウトのベストシーズンということで、ソルトの話題よりもトラウト話題が多い感じがします。

私の「お家芸」でもある芦ノ湖のトラウトフィッシング、新緑の中で行う湖でのフィッシングは心が癒され、何よりも私自身が愛してやまない釣りです。
しかし、この楽しい釣りを自分の中だけに留めるのは余りにも勿体ないので、いつの間にか(ベストシーズン限定で)友人やお世話になっている方を招待するようになり、それも10年以上が経ちました。

そして今年の芦ノ湖ゲストは、
私の大先輩である「釣竿工房 “月” の平野さん」に湖のトラウト釣りを楽しんで頂きました。
この時期は日が長く、早朝4時~夕方18時まで=14時間フルタイムでフィッシングをお楽しみ頂けますが、無理にガツガツする必要はなくお客様ペースで自由気ままに楽しんでもらうのが私のスタイルです。
宿泊先は、湖畔にある「いせや」を常宿として利用、最大のメリットは、釣場からたった徒歩30秒という立地条件!お部屋もレイクビューで、貸切り温泉付(小さいですが源泉です)で1泊5,500円というリーゾナブルぶり。

この日は早朝から良型ブラウンが出てくれ、続いてニジマス、コーホ、そして本命サクラマスも見事釣って頂き、午前中だけで4種マスをキャッチする事ができました。

私は食事にもこだわります(むしろ、これがメインです)。
朝食は自家製スモークサーモンのサンドのバイキング(←予め私が下ごしらえします)、夕食は釣ったトラウト料理(釣ったブラウン・ニジマス・コーホ・サクラマスのお造りやムニエル)、ワカサギのカラ揚げなどなど、湖の幸を思う存分にご堪能頂きました。

今回は「2泊3日(3日フィッシング)」プラン。
新緑の中の湖トラウトフィッシング&湖産魚料理のフルコース”如何でしたか。つかの間の休日の中、わざわざお越し頂きありがとうございました。少しでも心が癒され、ご満足頂けたら幸いです。
ではまた来年もお待ちしております!

★高級珍魚★ 寒鯛カンダイ(コブダイ)/巨大ベラ

  • 2014/03/24 23:20
  • カテゴリー:日記

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先日、お客様が北陸の海で釣ったカンダイ(コブダイ)を送ってくださいました。
発砲スチロール箱の中には、「氷」ではなく「雪」が敷き詰めてられており、そこはさすが北陸地方の冬!雪をかぶりながら釣りをしている情景が思い浮かびました。
カンダイ(寒鯛)・・タイという名前がついておりますが、ベラ科の魚なので、私は巨大寒ベラと言っております。分厚いアゴには頑丈な歯が備わっており、サザエの殻もバリバリ砕いてしまうほど強靭な顎の持ち主です。

名前ごとく「冬のカンダイは脂がノり味は最高」・・・とは話で聞いておりましたが、お客様のご厚意で遂にそれが実現しました。早速、下処理・解体し、料理用途別に仕分け、それぞれ脱気シーラーして完了!これらを1週間ほど寝かせます。

昆布〆にしてから6日目・・・、
6日間寝かせたら昆布をしっかり吸って身が引締まり美しいベッコウ色に仕上がっておりました。
それを握り寿司にして柚子コショウで頂きました。相性はバッチリ、カンダイ釣師をここまで虜にさせる意味がよく分かりました。
頭は丸ごと塩麹に5日ほど漬け込みオーブンで兜焼きに、顔やアゴ周りの筋肉はどれも美味でした。
(因みに、頭のコブは骨ではなく脂肪でした)。

更にいろいろ試そうと思いましたが、序盤戦で完食してしまい、惜しみながらのお別れでした。
ご馳走様でした。

幻の高級魚 アラ入荷!?

  • 2014/01/03 17:12
  • カテゴリー:日記

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年も暮れようとするとき、お客様から1本の電話が…「今日、キンメ(金目鯛釣り)に出たんだけど、面白いのが釣れたから後で八鳥さんのところに持って行きますよ」との事、その話し方で何かサプライズ感があるなと思いましたが、一体何を釣ったかは明かしてくれませんでした。

そして遂にクーラーボックスを開けるとビックリ!その中にいるのは“アラ”ではありませんか(驚)。テンションアゲアゲな私に「これ八鳥さんにあげますから食べてみてください」と神様のようなお言葉。ただでさえ市場に出回らない魚ないのに、しかも鮮魚が出回らないこの年末の時期に、魚の飢えた私にまさに天からのプレゼントでした。

“アラ”そのものは知っておりますが、今までに接した事(釣った事も、食べた事も)がなかったのでこんなにじっくり見たのは生まれて初めて…という事でまずはじっくり観察。
アラはクエやハタと同じ仲間なのですが(ハタ科の魚なので)、尾鰭の形状は円形と思いきや(通常クエやハタはそう)アラは二股。ヒレの先端は黒く尾びれの付け根はやけに細い、体側に沿って黒く太い帯がはしり体色はシルバーメッキ調ボディーで角度によって細かい鱗が反射する。容姿についてはクエやハタのような肉厚感はなく、どちらかと言うとスズキっぽい体型、スズキ+タラ÷2で割った感じで本家クエのフォルムとは程遠い。そしてエラ蓋にはアラのシンボルであろう2本の太くて大きなトゲが、これに刺さったら病院行きだなぁ~と注意しながら解体を進めた。
その見かけ判断でアッサリ味なのかな~と思いきや、その期待は裏切り(良い意味で)、鍋にすると旨みとコクあるのかとビックリした。この点はクエに非常に似て同様高級魚に位置付けてられている意味がよ~く分かりました。

…という事で胃袋・皮は湯通しで、アラ・肝・半身は鍋物に、残り半身は5日間じっくり寝かせて(ホントはあと二日寝かせる予定でしたが待ちきれずにフライング)、言うまでもなく究極の刺身が出来上がりました。正月という事で昆布〆にしましたがそのままでも間違いなく旨いはずです。
お蔭様で本当に貴重な経験をさせて頂きました。

江ノ島沖にバショウカジキ現る、そしてその行方は・・・

  • 2013/08/20 19:41
  • カテゴリー:日記

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この前、魚屋に行ったら江ノ島産バショウカジキがまるごと一本/体長150cm(角・尾ビレ除く)が25000円で売っておりました。近くの定置網に入っていたそうで海水温が上がる夏季にはこのような光景をよく見ます。
翌日、再び店に足を運ぶとそれが切身になってました(2切680円也)。きっと次の日は西京漬けなどになっているでしょうね。最終的には惣菜になるのかな…。

私は魚屋さんでないので、どこの段階で一番利益になっているのかは全く分かりませんが、これぞ魚屋錬金術です(凄)!でも、これは大いに見習うべきです。魚屋さんは最終的には魚を売切らないと話にならないので、売る為に、最後まで美味しく食べる為に、いろいろ考えながら姿形を変えて展開しているんですね。
わたし個人(釣人)レベルでも、何かしら魚が多く手に入った場合には、1週間ぐらいのスパンで料理の展開を考えておかないとなりません。

受入れる準備はできている!料理の準備は出来てる!釣具だって揃っている!
唯一足りないのは大漁と大物に縁がないだけかな・・・。でも私には、そのぐらいの塩梅が丁度いいのかもしれません。

遂にイシナギ現る(勝浦産)!

  • 2013/05/10 02:50
  • カテゴリー:日記

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遂に八鳥家にイシナギが届きました!
普段から本当にお世話になっている勝浦の磯野さんが見事大きなイシナギを釣上げ、何と一本まるごとをプレゼントしてくれたのでした。その現場監督、段取りくださった大先輩MOON平野さん、お2人のご厚意のおかげで、本日八鳥家の台所は面白い事になりそうです。

今回のイシナギ解体は私にとって2度目。初回(2年前)はイシナギを扱う事で精一杯でしたが、今回はいかに段取りよくスピードを重視致しました。
エラ、内臓、血合いをキレイに取り除きクリーニング、そして全身の鱗を剥ぎ取ります。
通常この手の魚は「すき引き」という方法で鱗を削ぐのが有効で、前回は一列ごとに引いてとても大変でしたので、今回は「すき引き変法(観音開き)!」として、包丁の先端を使い、真ん中から上下に向けて皮剥ぎをする事に成功!これで大幅な時間短縮になりました。

そして解体に突入、お裾分用、昆布〆、刺身用、煮つけ用、塩焼き用、揚げ物用・・・・・、
各部位、料理用途に応じてカットして、脱気シーラ(真空パック)して終了。
ここまですればホット安心、これを冷蔵庫で数日間寝かせ、旨みが増し熟成するのを待つのみ。今晩は心地よい疲労でぐっすり寝れそうです。

■参考資料/イシナギ料理

★初節句★ ~新米パパの奮闘記~

  • 2013/05/07 16:25
  • カテゴリー:日記

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皆さんのGWは如何でしたか?
私のGWは近場(鎌倉市内)での長閑な休日でした。昨年末に子供が生まれ5月5日は八鳥家にとって初節句でしたので、“親”として気合いれましたよ!。
押し寿司したり(←食べるのは大人ですが)、兜を折ったり…。ウチに鯉のぼりはないので子供(生後4か月)とカミさんの3人で久々の外出、鯉のぼりのある公園に行きました。

ここは「鎌倉中央公園」といって1980年代(私が小学~中学の頃)は私の釣場になっておりましたが20年前から大規模な工事を経て今はキレイな自然公園になっております。
当時は「双子池」として地元ではブラックバスやブルーギル釣りのできる池として親しまれ、周辺にはまだ昔ながらの里山風景が広がっておりました。そこにはホトケドジョウ、ザリガニ、サワガニ、シジミ、タニシ、ドジョウ、フナ、コイなどが多く生息しており、私にとってまさに教科書的な場所でした。久しぶりに来た懐かしさと釣場でなくなった淋しさが混在する日でした。
次の世代も身近で魚に触れあえる環境を作ってあげれたらいいなと思っております。

ウツボ

  • 2013/05/02 14:42
  • カテゴリー:日記

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GWが終わる頃、お客様が御前崎のクエ釣行の帰りにお土産としてウツボを持ってきてくれました。
クエ釣りの外道で釣れるウツボは同じ生息環境上、どうしても切ってもきれない関係です。
以前、クエ料理会の時にウツボ談義で盛上り、それをシッカリ覚えててくださったのでした。本当にありがとうございます。
ウツボ料理において、高知ではウツボをタタキや鍋は聞いた事がありますが、今回はあえて違う料理法でチェレンジしてみました。

まずウツボ自身は、キレイな白身+プルンプルン皮ゼラチンの持ち主でその素材そのものは美味しいのですが、全身には(一部除き)皮に沿って約5cmぐらいの長い小骨が無数に走り、それがとても硬いのでこれをどう攻略しようか?というのが課題でした。ハモであれば骨切りすれば済むのですがウツボは硬すぎてたとえ骨切り出来たとしても口内で当たるとチクチク痛いのでそうはいかないのです。

私がウツボを調理するのは2回目ですが、初回は皮だけを剥ぎ→白身だけをすり身にして→裏ごしで小骨を全て取り除き、ハンペンにして→再び皮で包み→揚げ…と気の遠くなる作業でした。
ここまで手を加えれば十分に美味しく頂けますが、それは大変すぎて次に同じ事をしようとは思いませんでした。

なので今回はもっと効率の良い方法で、圧力鍋で小骨を柔らかくす事を思いつきました。そうすると予想通り柔らかくなりましたが、ただ圧力する時間に注意する必要があり、圧力時間が長いと骨も柔らかくなる反面、身が崩れ、逆に時間が短いと骨が堅いままになるので、適度な状態にするには多くの経験で学ぶしかないかなと思いました。身が崩れても、冷蔵庫に入れればキレイな煮コゴリになり、さらに一日寝かす事で味が整いより美味しくなるので、ウツボ料理の可能性がまた一つ増えました。

そんな骨々しいウツボですが、唯一、腹周りは骨が一切ないので、これは単品で揚物にしたらゼラチン皮とタンパク白身が味わえ、食感はモチモチして美味しく即完食でした。また頭や頬には筋肉がいっぱいついており、硬い箇所(歯顎骨・エラ周り、頭蓋骨など)を丁寧に取り除き(←かなり緻密な作業)、皮と肉だけにしたものを唐揚げにして食したらこれはこれは絶品でした。是非ご賞味あれ・・・

★珍魚★ ヌタウナギを食す ~湘南産~

  • 2013/02/22 22:21
  • カテゴリー:日記

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私は小さい頃から長モノ(=長い魚/ドジョウ、ウナギ、ナマズ、アナゴ、などなど・・)が好きで、先週の巨大ゲンゲことババちゃんの記事を書いて心は満たされていたのですが、そんな長モノに新たな刺客が現れました。それは「ヌタウナギ」です。

ヌタウナギとは?
学術的な細かい説明はここではしませんが、いや、ちょっとだけ説明しときましょう~。ヌタウナギについて補足説明をすると、図鑑などを見ると厳密的には「魚類でない」と書かれている場合もありますが、それはヌタウナギが魚類の定義(脊椎動物である事/鰓呼吸/鰭/鱗)を満たしていないからだそうです。ただそれだけで「魚じゃない」という表現をするには、あまりにも不自然で無理があるので「脊椎動物へ進化する前の原始的な魚類」という広域な解釈でいいんじゃないかと私は思ってます。要はそれだけ原始的な魚であり、脊椎動物の起源を辿る上で重要なポジションであることは間違いなさそうです。

フィッシュナビ的(八鳥的)に分かりやすく言うと、ヌタウナギは骨格を持たない(=つまり驚くほど柔軟な体の持ち主)ので、本来脊椎のある生物にはない可動域をもっております(上記画像より)。後でも述べますが、脊椎がないといっても実際に輪切りすると真ん中に半透明の芯が1本通っており、これが原始的な脊髄に該当するのであろう(茹でたマロニーのような感じです)。

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さて、食に関してどうだろうか?
私が調べる限りでは、意外に食した人が多く韓国や北日本などでは食べる習慣があるようです。そして誰もが(味に関して)高評価を出しており、だんだんヌタウナギを食べてみたいという衝動に駆られたのでした。幸運な事に、ウチの近くの港でヌタウナギ専門漁をやっている漁師がいて、そこでヌタウナギを売っているところがあります。正確にいうと、アナゴ漁の外道として良く獲れるそうで、韓国料理屋などでは人気がありそれなりに需要があるようです。

まずは2kg(約20本分)を購入。
ヌタウナギは既にグッタリしていたので「こりゃ捌くのが楽だな」と思い台所に解放した瞬間、一斉に大暴れ生命力の強さにビックリ。興奮したヌタウナギからは大量のヌタを放出!手に、包丁に、まな板に、シンクに…ヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメヌメ攻撃で収集がつかない事態に。

さらに驚くべきは、その皮膚の頑丈さです。皮膚はとても薄くて柔らかいのですが、まず手では破れませんし、鋭利な刃物でもそう簡単には貫く事ができません。これを身にまとう事で、万一深海の牙魚に咬まれる事があっても、致命傷にはならないのでしょう。
体からヌメヌメは出すわ…体が柔らかすぎるわ…、格闘技界でいうなら最高のヒールであり最高の柔術家であろう。この原始的なフォルムこそ、実は完成形であり最強なのかもしれませんね。

捌くと…
ヌタウナギ1匹あたり約100gのウエイトがあります。それに対して頭・皮・内臓を取り除き、可食部だけの重さを計りました。そうしたら可食部はたったの30g(つまり=30%)、「歩留り率」の悪さには驚きましたが、苦労して得た身はやはり美味しかったです。身を輪切りにすると芯には柔らかい(マロニーのような感じ)が通っているだけで骨という骨は全くない(上記画像より)。先にも述べましたが、皮はとっても頑丈で、これは世間でもよく知られている「ウナギ皮財布」とはこのヌタウナギの皮が原料なのです(私も持っていますよ)。私もその皮を何かに使おうかなとも一瞬考えましたが、ヌメヌメ攻撃を受けた私にはそんな余裕はありませんでした。

料理はニンニク醤油で下味をつけてそのまま竜田揚げにしました。不快な匂いやクセもなくとても美味しいと評価します。食感に関しては、魚の肉感は一切なく、肉でもない感じ。強いていうなら、ホルモンを食べている感じがすると言った方が適切かもしれません。ただホルモンのようなゴムゴム感はなく歯切れが良く(砂肝のような食感)とても美味しかったです。

ババちゃん/タナカゲンゲ(ゲンゲの仲間の最大種)  **山陰松葉ガニ漁の名脇役**

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もう2月中旬です。あと2か月もすれば春です。
私事ですが、昨年末にわたし八鳥家に家族が一人増え、鳥取に里帰りしていたカミさんも来週には子供と一緒に鎌倉に戻ってきます。この数か月間、独身気分でしたがそれもあと数日でおしまい。新米パパとして気合が入ります。

さて、2月14日はバレンタイン日です。「バレンタイン」と称して大きな発泡スチロール箱がフィッシュナビ宛に届きました。送り主はカミさんなのですが、開封するとビックリ!何と「タナカゲンゲ」でした。以前、鳥取の魚屋で初めて出逢ったのですが、あまりの巨大さとマヌケなマスクに一目惚れ。この「タナカゲンゲ」はゲンゲの仲間では最大種に位置し、この画像のゲンゲでも90cmあります。地元では「ババちゃん」という名で親しまれ、日本海側では冬の時期(カニ漁のカニ網に一緒に入ってしまう)によく獲れます。つまり、カニ漁の時期でないと獲れない “季節限定の魚” でもあります。

見かけは画像の通り、
キツネのような…、柴犬のような…、魚とは思えない顔立ち。このマヌケ顔を決定づけるのは、目の位置のせいか? それとも分厚い唇のせいか? まぁ神様も変なものを作ったな~と思ってしまいます。しかし、このマヌケな見かけとは裏腹に、柔らかくプルンプルンした唇をめくると鋭い円錐状の歯が2列ズラッと並んでおり、手でこじ開けられない程の強靭なアゴの持ち主です。もしこんなのに噛まれたら悶絶しそうです。

あまりにもお腹がデップリしているので、子持ちかな?と腹を開けたら卵らしいものは存在しなく、胃袋の中に何かゴツゴツして何か入っている(恐)。そのフォルムが “手のひら” のように見え、もう嫌な予感しかしない。恐るおそる胃袋を切り開いて覗くと・・・キャー手のひら!・・ではなく、
手のひらサイズのヤナギガレイが3枚も重なり合っていました。もし本当に手のひらだったら、どう処理すればいいんだろう・・・、もう心臓バクバクものでした。

早速下処理⇒解体⇒調理に入りました。身はとってもアッサリしており、美味しく食べられます。食感は水っぽいタラのようですね。見かけの通りキレイな白身なので、揚物や鍋にすると美味しかったです。

クエ料理会(お客様宅にて)

  • 2012/11/26 20:23
  • カテゴリー:日記

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お客様より「御前崎沖で23kgクエを釣ったので、クエ料理をつつきながら釣り談義でもしましょう」とのお誘いがきました。普段は何かしら「仕事」という武器をもってお伺いしているのですが、この日の私は丸腰!いつもと違う緊張感があります。
お客さん宅にお邪魔すると、既にクエ料理は並んでおり、最高の状態を提供すべく、相当手間暇をかけていることが伺えました。前菜としてクエの皮と胃袋の湯通し、クエ刺し、クエ鍋などなど、最高の料理を目の前に、まるで借りてきた猫のように戸惑いまくるワタシ。「さぁ八鳥さん、どうぞ遠慮なく召し上がってください」と言われ、緊張を紛らわすためにシイタケをつつくと「野菜なんていつでも食べれるでしょ!さぁクエの方をどんどん食べてください。沢山ありますから」と即ツッコミが入り私もタジタジ。そんなご厚意に甘えながら、楽しい宴は深夜にまで続き、泊めてくださいました。

私自身、クエ釣りもした事なければ、クエを食すのも初体験なので、ここで「クエ」を語るつもりはありませんが、世間がクエをここまで幻の高級魚としたのも、クエ師をここまで虜にさせたのも、この味一つで全て説明がついてしまうのです。
とても貴重な体験をくださり、ありがとうございました。本当に楽しいひと時でした。

★鎌倉海の幸★ 100匹組手 地元朝獲れ鮮魚(腰越港祭り)

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さあ、かかってきなさい!
相手は、鮮サバ50本+カマス20本、他諸々・・・これでたった¥500円也。そして別途差入れでメイタ20枚とメヒカリ20本他、合計100本の魚達が控えている。
でも私にとってはチョロイもんです(は全く問題ありません)。どんな魚でも受入れます!魚のジャンルも問いません。数も多ければ多いほど嬉しいのです。

今日は地元腰越で行われた “腰越港祭り” にて、規模は小さくても朝獲れの魚を囲み地元の人達はとても楽しそうです。魚を購入したらお祭り気分もそこそこ早々家路に・・・。台所に今日の成果を広げ、早速下処理(頭、エラ、内臓、血合い)を一気に進め、そして三枚におろして、アバラ骨を鋤いて、小骨を取って、だんだんと繊細な作業になり、遂に下ごしらえ完了!

半分はすぐに料理に、残り半分は脱気シーリングして冷凍庫へ、しばらくは魚に不自由する事はなさそうです。今日はサバのバイキング・・、明日はサバ定食・・、明後日はサバ御膳・・、明々後日はサバ会・・、しばらくサバ料理が続きそうです(嬉)。

★フィッシュナビ★ サーモン会(開高健記念会/アラスカ・サーモンフィッシングツアー)

  • 2012/09/11 21:33
  • カテゴリー:日記

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今年で8回目、開高健記念会のアラスカ・サーモンフィッシングツアーも無事終了し、アラスカへの熱い思い出が冷めやらぬ8月下旬、記念会の皆さんと恒例のサーモン会を開催しました。
今回アラスカツアーにご参加されたお客様を囲み、釣ったサーモン料理を酒の肴に、ツアー報告、皆さんの釣り自慢などのお土産話で盛上がりました。参加者は25名、半数は過去にアラスカツアーにご参加されたお客さん、そして半数はアラスカに興味のある方です。色褪せない思い出ばなしに深け、その魅力を皆で分かち合いました。

今のご時世、全てが揃って不自由する事はないと思います。でもアラスカに行って感じるのは、全てが揃っていなくて「思い通りにうまく行かないこと」です。何かと不便なことが沢山でてきますが、その不便さを受入れると、かえって気持ちを楽にさせてくれ、その環境に順応するのも案外心地よいものです。

お客様からはこんな感想を頂きましたので一部抜粋します(↓)。

■「本来人間が持っている本能や順応性を垣間見る事ができたのには、自分も驚いた」 
■「一年で10日間ぐらいは自然とガイドに全て身を任せるのもいいもんだなぁ~」
■「アラスカに行くと、今まで悩んでいたことがチッポケに思えてしまう」
■「パソコンと携帯電話に無縁な生活も良いもんだな~」。
■「動物を見つけるのが早くなった」

などなど・・・お客さんからの感想がとても印象的でした。

お客さんがアラスカで釣ったサーモンを調理しました。素直に「美味しいかった」と言えば済む話ですが、わたしの場合は異なる解釈を持っております。アラスカに行くのも大変~、大自然でサーモンを釣るのも大変~、そして釣ったサーモンを日本に持帰るための段取りも大変~、それら重みが十分に分かっているだけに、目の前にあるサーモン切身から長い道のりをしみじみ感じてしまうのです。
これで今年の開高健記念館のアラスカ・フィッシングツアーが無事に終了したと改めて実感しました。後日、記念会の専属ガイドであるジョニーにその旨を報告すると、とても喜んでくれました。10月になればアラスカは雪が降り、長く厳しい冬を迎えます。


★開高健記念会との出会い
もし私が開高健さんの「オーパ」に出会わなければ、フィッシュナビが存在しなかったと言っても過言ではないでしょう。
私はいち読者として、作家「開高健」著書のオーパに感化された一人であることはフィッシュナビの歩みでも述べた通りですが、それは私の海外フィッシング・コーディネーターの中にも、オーパに登場した同じ舞台を再現したフィッシングツアーを幾つも用意する程でした。
当社フィッシュナビでは、1)アラスカのキングサーモン釣り、2)中米コスタリカのターポン釣り、3)南米パンタナールのドラード釣りの3つのツアーモデルを作り、お客様のコーディネートをしておりました。

開高健さんといえば、小説、ルポ、エッセイ、国内外のフィッシング紀行など、多彩な分野で活躍した作家ですが、私の視点からみる開高さんは、日本に「海外フィッシング」というものを広めた功労者の一人というイメージが強いです。ただ平成元年(1989年)58歳の若さでお亡くなりされ、(当時まだ13歳であった私にとって)開高さんといえばテレビや本の世界だけに登場する人でしたが、その後、私の人生に大きな影響を与えた人物でもあります。

それから16年後(2005年)、「フィッシュナビ」を立上げたと時、その報告の意味を込めて、開高健記念館※(神奈川県茅ケ崎市)に出向いたのでした。

※)開高健記念館とは、
開高さんは、1974年(昭和49年)に東京杉並から茅ヶ崎市東海岸南のこの地に移り、~1989年(平成元年)にお亡くなりになるまでここを拠点に活動を展開されました。なお、夫人の牧羊子さんが亡くなられて、遺産継承者である夫人の妹の馬越君子さんが土地建物を茅ヶ崎市に寄贈され開高健記念館の管理を茅ヶ崎市が、また、展示および運営については開高健記念会が茅ヶ崎市から受託して、現在に至っております。

記念会の運営関係者の方々は、何らか開高さんと所縁のあった方と思いますが、世代的には私の2~3まわり離れており、むしろ自分の親世代(もしくはそれ以上)といってよいです。そこには(私には全く備わっていない)文学知的な会話が飛び交い、まだ20代であった私にとっては全く次元の違う世界だったことを覚えております。
私がフィッシュナビ事業の話をすることなんておろか、結局私から話し出すことすらできず、(畏怖の念を抱いたまま)ただ “来館者の一人として” 振る舞うのが精一杯だったことを今でも覚えております。唯一の助け舟は、テラスに置かれていた来館者の記帳、せめてもの想いで今までの経緯をありのまま綴り(←ちょっと余計なことを書きすぎたかなと後悔しつつも)、そっと退館しようとした瞬間、「ちょっと待って!」と強い口調で呼び止められたのでした。
声を掛けてくださったのは、当時、開高健記念会の副会長をされていた吉澤一成さんでした(現開高記念会評議員/日本ペンクラブ在籍)。当時はサントリー広報部長をされており、いわば開高さんの直属の後輩にあたる方で、寿屋時代(昔のサントリーの社名)から開高さんと一緒に仕事をされていたとのことでした。
そこで、ここまでの歩みの一連を話すことになり、この日を境に “開高健さんに一番近い人達” とアラスカフィッシングツアーのお仕事をさせて頂くことになりました。

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名ガイドのジョニー(右)とランス(左)
小さい頃から憧れたフィッシングガイドと一緒に仕事をするとは、夢にも思いませんでした(アラスカ半島にて)

★開高健記念会アラスカフィッシングツアー★

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「開高健記念会/アラスカ・フィッシングツアー」というは、私が勝手に名付けたものであって、その前身となるのは、開高健さんご本人をはじめ、開高さんの旧友であり日本のルアーフィッシングの草分け的存在であった常見忠さん、そして吉澤さんを中心とした記念会の方達が長年かけて築き上げてきたものです。
そしてもうひとつ、このアラスカフィッシングの要(カナメ)となるジョニーの存在に触れなければなりません。

ジョニー(ジョニー・ロバート・ハリス)
年齢は61歳(2012年時点)、20代の頃はモンタナ州で10年フィッシングガイドを経て、アラスカで40年以上ガイド業に従事(現在も更新中)。開高健の初ムービー「河は眠らない」では、巨大なキングサーモン(キーナイキングのセカンドラン)との格闘を描いた非常に難しい撮影要求に応じ、それを見事成功に導いた中心人物として知られております。まだ1980年代初期の頃、まだ若かれし頃のジョニーの実力と素質を開高さんと常見さんが認め、その後アラスカの凄腕フィッシングガイドになりました。
90年代半ば、キーナイの郊外(Nikisuki)に湖付きの土地を購入し、そこに自らの手でロッジを作ってしまうのだから、彼の言うこと成すことが(スケールが大き過ぎて)もう普通でありません。開高さんは「海外フィッシング」を日本に広めた功労者だとすれば、ジョニーは「アラスカフィッシング」を日本に広めた功労者であると言ってよいでしょう。特筆すべきは、自身がロッジのオーナーであり、フィッシングをはじめ、バードウォッチング、ハンティングのガイドでもあり、小型水上飛行機のパイロットでもあり、アラスカ全域のコーディネーターでもあります。まさに肩書多きのオールラウンダーなガイドで、フィッシングガイドの総合力において、彼を超すガイドはいなのではないかと、私は思っております。

そのジョニーのロッジがあるキーナイ半島には、渓谷、本流、湖沼、原生林、山岳氷河、海岸などなど、アウトドアライフに必要なものが全て揃っており、釣り、トレッキング、カメラハンティング、キャンプなど本格的なアクティビティーを楽しむことができます。つまりキーナイ半島に拠点を置けば、川でサーモンを狙うもヨシ、海でハリバット(オヒョウ)や根魚を狙うもヨシ、更なるは小型水上飛行機を使ってキーナイ以外の秘境に出かけるもヨシ(フライイン・フィッシング)、様々なフィッシングスタイルを提供してくれるのです。

ジョニーのロッジへは、アンカレッジから車で4時間とアクセスもよく(距離にして125マイル=約200km)、残雪残る山々を見ながら雪解けでグレー色になったターナゲン入江沿いを奥まで走らせます。寄り道でちょっとマタヌスカ氷河を観光しつつ、キーナイ半島の横断に入ると景色が一転、山に囲まれ川沿いにはキャンピングカー、キャンパー、トレッカー、そしてサーモンをぶら下げた釣人達が目に入り、釣り客の気持ちをより一層高ぶらせてくれます。それも後半になるとキングサーモンフィッシングのメッカでもあるソルドトナ(Soldotona)の町を経由して、隣町キーナイへと向います。
もし国内線(飛行機)を使えば、アンカレッジ空港~キーナイ空港まで40分程で移動できますが、道中の景色を略すのは余りにも勿体ないので、私がコーディネートさせて頂く場合には「陸路でゆっくり景色を楽しみながら」目的地に行くスタイルを取っております。そしてウェルカムディナーは必ず “ダンジネスガニの食べ放題” を調達し、最大限のオモテナシをさせて頂いております。

アラスカという大自然が相手であるゆえ、余儀なくスケジュールが変更することが多々あります。その具体例の1つとして、川のクローズ(釣り禁止)することが挙げられます。アラスカではサーモンの資源を維持するため、河口で遡上するサーモン数をカウントし、もし数が少ない場合は一時的に川をクローズ(釣り禁止)します。このレギュレーションは週に一度更新され、特に旅行者数の多いキーナイ半島の河川はその影響をモロに受けます。「せっかくアラスカに来たのに釣りができません」という展開はよくある話なので、キーナイを選ぶ場合には「いざという時」の為に他のエリアに移動できる手段(いわばサブメニュー)を持っておく必要があります。
それを可能にしてくれるのは、ガイドのジョニーのロッジから10分程の所に小型水上飛行機発着場があり、そこからの逃げ道(打開策)を見出してくれます。ただ前編で述べた通り、キーナイ半島はいろいろ楽しめる要素があるので、その基本メニューはシッカリ押さえつつも、サーモン遡上状況や天候に応じて柔軟にサブメニューを決めます。

今年のツアーもレギュレーションに引掛かってしまったので、後半はキーナイ半島を離れ「キャンピング&フィッシング」となりました。行き先は何候補かありますが、その受入先にはジョニーの旧友ランス(このエリア一帯のフィッシングを得意とするガイド)がおり、この2人がタッグを組んでお客様をケアーします。ランスはフィッシングガイドだけでなく、キャンプ経営も手掛けており、そのおかげで大型テントでの快適なキャンプ生活を楽しむことができます(※クマが出没するので周囲を高圧電線で囲います)。ここまでしてしまうと川は貸切り状態、誰にも邪魔されることなく時間無制限に思うがままフィッシングを楽しんでもうことができます。

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水上飛行機発着上で記念撮影(一番右にいる人がワタシ)。お客様に思いっきりアラスカのフィッシングを楽しんでもらうよう、一生の思い出になりますよう、ベストを尽くしてご対応させて頂きます。

★アラスカ(釣り)ツアー雑学(その1)
アラスカツアーの心得の1つとして「自然への要求が強ければ強いほど、費用もそれに比例する」ことを覚えておきましょう。
車の入れない奥地へ行くには、当然ながら小型水上飛行機の手配が必要になります。そして、奥地に行けばグリスリー(アラスカヒグマ)のテリトリーに入るわけなので、安全面でも優秀なガイドの同行が必要になりますので、それに伴う移動費や人件費もかかるからですね。

★アラスカ(釣り)ツアー雑学(その2)
アラスカのサーモンフィッシングは、ガイドの力量がモノを言いますが、その中で1つだけお客さんご自身で判断しないといけないことがあります。
それはサーモンのキープ数(お持ち帰りできる数)、この決断が今後の釣果の良し悪しに明暗を分けます。ここアラスカでフィッシングする場合、必ずレギュレーション(規則)に従わないとなりません。細かくは割愛しますが「キングサーモン」の場合でお話すると、キープ数はツアー期間中(もしくは1シーズン中)に1人2本迄、かつ1日1本までが原則(サーモンの種類により、エリアや状況によりルールはマチマチです)。
キープする場合はともなく、もし小さくてリリースする場合には「速やかに」逃がしてあげないとなりません。「速やかに」というのは、撮影したくてサーモンを手で持ち抱えたり、地上に上げるのは厳禁!リリースする魚に対し日本的な撮影(魚を持ってポージングする)はここアラスカでは全く通用しません。もしそれを実践したなら、ガイドにお叱りを受けるでしょう。基本的には、ネットインし全身が川に浸かっている状態か、リリース時の一瞬の撮影となり、(もっと写真を撮りたかったなぁと)未練を残しながらリリースとなります。リリースに対する考え方は流石アラスカ、キープする場合、ガイドに「keep!」とその旨を伝えれば、こん棒でサーモンの頭に一撃入れ絶命させます(サーモンの苦痛をなくすためです)。その後、思うように撮影して頂く流れになります。

またキングサーモン(ファーストラン)のサイズは、他種サーモンとは違いサイズが一定ではなく~80cm(20ポンド弱)もいれば、120cm(40~50ポンド)を超える大物もおります。それゆえにリリースするか否か、その判断に迷いが生じてしまいます。
キングサーモンのキープ可否の判断について、その判断材料の1つとして私はお客様にこう答えております。2本ともキープ(お持ち帰り)を前提にする場合、6月に釣れるファーストランはアベレージが90cm/25ポンド(約11㎏)と推測します。その境目はサーモンのコンデョション次第ですが20ポンド以下はリリース/30ポンド以上がきたらキープの目安にしてください(1本目に関しては)。やはり手元1本キープしておくと心にゆとりができ、手元に「ある」と「ない」とでは今後ツアーの過ごし方が大きく変わってきます。2本目はお客さん自身のアラスカツアーの目的(食なのか、剥製にするのか、一発大物狙いなのか、雰因気なのか、他)に応じてアドバイスをします。最終的にはその時の成り行きでコトが進むのですが、心の中で段取りして挑んでもらうよう、お客様にはそう事前説明をしております。

特にキーナイ川のキングサーモンの遡上は、大きく2度に分けられ(ファーストラン、セカンドラン)、特にセカンドランのキングサーモンは“KING OF KING”(キングの中のキング)と呼ばれその大きさは通常の2倍と超特大!釣れるサーモンの平均は何と40ポンド、運がよければ60ポンドを超える(130~150センチ級)大物も夢ではありません。ちなみに世界記録(公式記録)は97.4ポンド(約44キロ)(1985年/故Les Anderson氏)!その剥製はSoldotna Visitor Center(ソルドトナ観光案内所)に寄贈され、そこに訪れれば誰もがワールドレコード・キングを見ることができます。

因みに、私が今までに見てきた中で一番大きかったセカンドランのキーナイキングは、87ポンド(39キロ)のオス、大きさは148センチ(59インチ)という怪物です。場所はもちろんキーナイ川のソルドトナ地区、2004年夏の出来事でした。もちろん私が釣ったものではありませんが、それを持っている釣人の笑顔が羨ましくてなりませんでした。

サーモンの大きさを測る基準について、
日本では「大きさ(長さ)」を重視する場合が多いと思いますが、アメリカ(アラスカ含む)や他国では「重さ」を重視します。
つまり、125センチ(40ポンド)のキングと、120センチ(45ポンド)のキングでしたら、後者の方が「大きい」と評価されます。
単位についても、日本では重さ(kg・キログラム)・長さ(cm・センチ)を用いますが、アラスカ含む海外では、重さ(lb・ポンド)・長さ(inch・インチ)を使いますので、それも覚えておきましょう。
1ポンド=0.45キログラム(450ℊ)、1インチ=2.5cm

★アラスカ(釣り)ツアー雑学(その3)
夏(6月~8月)のアラスカ(アンカレッジ)の気候は、日本の季節で例えると4月上旬ぐらい(もしくは晩秋ぐらい)に相当するので、0~20℃ぐらいになります(晴天時は15~20℃、曇天時や早朝は10℃を下回ります)。
気温の単位も異なり、日本では摂氏(せっし・℃)を用いますが、北米圏では華氏(かし・F)を用います。例)0℃(32F)、5℃(41F)、10℃(50F)、15℃(59F)、20℃(68F)。
換算式は、摂氏(度)=(華氏-32)/1.8 という法則みたいです。

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★アラスカ(釣り)ツアー雑学(その4)
アラスカに行かれるお客様からよく受けるご質問があります。
それは「釣ったサーモンを日本に持ち帰りたいけど、どのような段取りをすればよいのか?」という釣人ならではのご質問です。
結論からいうと、釣った魚は「検疫の対象にならない」のでそのまま受託手荷物(じゅたくてにもつ)扱いでOK!つまりスーツケースと同等の扱いですので、そのままチェックイン時に航空カウンターに預ければ、日本の空港までスルーで届きます。私がコーディネートしたお客様は、ほぼ日本にお持帰りされる方が殆どです。また、アラスカ滞在中に釣った魚の保管も心配なく!ジョニーのロッジには大きなフリーザーが設備されておりますので、どんな大物でも翌日にはキンキンに凍っているでしょう。

今までの経験ですと、お客様のサーモンお持帰り数は一人当たり5本(他種サーモンも混合)ぐらいですが、それらを丸ごと全て持ち帰るのは重すぎるので、三枚に下ろしたり~、ブロックにしたり~、何らかの加工をしてコンパクトにしてからフリーザーで保管します。そして最終日に帰り支度時に梱包するような段取りにしてます。
もしトロフィーサイズの大物が釣れ、思い出として「剥製」にしたい場合は、サーモンを丸ごと冷凍します。ただキングサーモンはとても大きいので、市販品の保冷箱ですと小さすぎて入りませんので、箱を2つ購入しニコイチ(2箱を合わせて1つにする)に加工すればOKです。日本に帰国したら、空港からそのまま剥製業者に送る(もしくはご自身で工房まで持ち込む)ような段取りをします。
因みに剥製料金は、小さい魚であればセンチあたりの換算(1,200円/センチ)、大型魚の場合は重さ換算(kgあたり1万円)ぐらいで、仮に130センチのキングサーモン1体を剥製にすると、15万~20万円ぐらいかかるのではないかと思います。ご要望に応じて、それらサーモン剥製の作成経験が豊富な職人さんを紹介しております。

★芦ノ湖の釣り★ 2度も季節を味わえる山上湖の釣り 

  • 2012/06/30 21:48
  • カテゴリー:芦ノ湖

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芦ノ湖歴20年(本気で通い始めたのはここ10年)、シーズンに応じて人それぞれ相応の狙い方がありますが、わたしは春~初夏にかけての釣りがとっても好きです。
鎌倉の街が新緑が色づく頃、箱根芦ノ湖はまだまだ冬景色。サクラの淡いピンクは山間部を登って徐々に色づかせ、それを後追いする新緑とのコラボを毎週のように楽しむ事ができるからです。標高差による季節の移り変わりを、ここにいれば同時に楽しむ事ができます。
自宅から車で一時間で行ける芦ノ湖、往路は暗いうちに釣場に行くので何も見えませんが、帰りに下山する時に目に映る景色は全ての疲れを吹き飛ばしてくれます。たとえ釣れなくてもこの景色で癒されます。

でも今年はちょっと桜前線が遅れている感じがします。標高723mに位置する芦ノ湖周辺では4月中旬に咲く桜も5月のGWにやっと満開。本来ワカサギが産卵の為に接岸するはずなのにその気配が全くありません。
岸からのキャスティングで狙うのを主とする私からすればその良し悪しを決めるのは(マス達の餌となる)ワカサギの接岸が全て、しかし今年はワカサギの接岸がなくとても苦戦した年でありました。それゆえ釣れたマス1本1本がとても貴重なものになりました。

★冬の鎌倉を楽しむ★ 鎌倉沖のカワハギ釣りと料理

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相模湾の真ん中に浮かぶ伊豆大島。空気が澄んだ時にだけ、ぴょこっと現れます。

さて、今日は鎌倉の沖釣りです。
ソルトウォーターハウスの福田さんからのお誘いを受け、鎌倉沖で頑張って釣ってきました。腰越漁港から出港、冬魚の代名詞であるカワハギと、その名脇役のベラたちを狙います。難易度としては「易」な釣りで、コツさえつかめば簡単に釣れてくれますが、数釣りとなると技量が伴います。その技量は圧倒的な差(どっちが何匹釣ったかは、聞かないでね)。クーラーボックスは2人で共有していたので、私も沢山釣った気分になりました。
大きなカワハギは薄造りに肝和え、小さいのはミリン干しにして炙って酒の肴にしました。

「ベラ」は関東ではあまり食べる習慣がないとされておりますが、変に小細工せずに、頭と内蔵だけ取り除いて、鱗ごと小麦粉をまぶしてそのまま揚げると鱗もカラっと揚がり美味しく頂けます。
カワハギの刺身で3枚下しにしたときに余る背骨とヒレを干して、炙って熱燗に入れてヒレ酒として呑むと、香ばしい風味がありとても美味しかったです(私はお酒が呑めないので、ちょっとなめる程度ですが・・)。

地元の磯料理屋(竹波)でも冬時期のカワハギ料理は不可欠。そんな竹波マスターにその話をしたら、「確かに美味しいと思う、でもね、カワハギのヒレ酒ではお客様からお金を頂く事ができないな~、やはりフグのヒレでないとねぇ」と却下されました。
(お客様相手の)プロレベルでは、やっぱりダメと思いますが、個人で楽しむレベルではアリアリだと思います。カワハギを釣った際には、是非ともお試しあれ。

★芦ノ湖の釣り★ 秋の幸を楽しむ(ヒメマス)

  • 2011/10/03 18:07
  • カテゴリー:芦ノ湖

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芦ノ湖付近の紅葉がピークを過ぎ、風が吹く度に落葉する様子はとても哀愁を感じます。その頃、産卵の為に流込みにヒメマスが寄ってきます。
この時期になると体に赤みを帯び、オスとメスの違いが顕著に表れます。特に雄(♂)は鼻が尖りセッパリになる(背中が盛上がる)のが特徴。夕飯のおかずとして3本だけキープし燻製にして食しました。ヒメマスの卵粒はマスの中でもとても美味で季節限定の食材、秋を感じる一品を堪能する事ができました。

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この時期、もうひとつお薦めなのは、仙石原(湖尻方面)のススキ鑑賞、ここ箱根の有名な景勝地の一つで神奈川県の景観50選にも選ばれております。晩秋の箱根はとても寒いですが、この壮大な景色とモフモフ感がたまりません。ススキ高原維持のため、毎年冬になると山焼きが行われます。

★体験★ 湘南で地引網(片瀬海岸/西浜)

  • 2011/10/01 13:10
  • カテゴリー:日記

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町内会で地引網を開催しました。
場所は江ノ島水族館裏(片瀬海岸の西浜)で、参加費500円×定員200名ですぐに満員になりました(地元にはこんなに魚好きが多かったのか…)。
まず網を船で沖合200mぐらいの位置まで運び、それを皆で引っ張ること×3セットします。

時期は9月中旬、網にはカンパチを筆頭に、フッコ、サバ、ウルメイワシ、イサキが入っており、この時期は水温が高い事もありイケガツオ、メッキ、イトヒキアジ、チョウチョウウオなどの南方魚も混じっておりました。
実際これらは2~3割程度で、殆どはヒイラギ、ゴンズイ、フグ、クラゲなどが大半を占め、害魚であるものは漁師たちが手際よく仕分けてくれます。クラゲや小さなカタクチイワシもかなり混じりますが、これらは砂まみれになり選別不可。波打ち際で網を洗うとその一面が鳥山になります。

今回は貧果でしたが、時期により青物(サバ・イナダ・アジ類)が大漁だったり、時には大きなスズキも混じりますので侮れません。もちろん費用対効果を期待するものではありませんが、体験としてはアリかもしれませんね。

PS 
最後のモノクロ写真は大正時代(今から約100年前)の地引網の様子(江の島水族館より)。
今とさほど変わってませんね。

みちのく渓流釣行(岩手県内陸部)

  • 2011/09/20 18:04
  • カテゴリー:日記

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まだまだセミの鳴声と暑さの残る9月下旬、
ソルトハウスウォーターの福田さんと恒例の渓流釣りに出掛けました。

その大自然の中に身をおき、釣り、料理、食(&ちょっと呑み)までの一連の流れを彩ってくれた渓魚達、今年も我々を楽しませてくれました。10月からは禁漁、ここ一帯はブナをはじめとした落葉樹が多く、これから山々は紅葉で燃えるような赤色で彩られる事でしょう。魚達は産卵を迎え、動物達は冬の身支度をし、これからの長く厳しい冬を迎えようとしております。

毎年の事ですが、「あぁ、これで今年の夏が終わった」・・・と実感します。

★珍現象★ 夏の珍百景!(クロダイ総会) in 湘南・引地川(神奈川県藤沢市)

  • 2011/08/15 20:51
  • カテゴリー:日記

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湘南は夏真っ盛り、毎年夏季になると引地川で「とある現象」が起きます。
通常ですと、ボラが群れをなして岸壁についたコケを一生懸命に食べている光景が見られますが、夏季になるとこれら光景が一転します。

川を覗いてみましょう。そうするとボラに続き・・
ボラ、ボラ、ボラ、ん?(一旦パスッ)、ボラ、ボラ、ん?、ん?、ボラ、おッ?、おっスズキ、おッ?、おッ?、え?  ×10、×100、いや数百匹、一面だらけ、何じゃこりゃ~、
と驚愕されることでしょう。

通行人を驚愕させた犯人(犯魚?)は、何とクロダイの大群!まるでこの海域にいる大きなクロダイだけをこの川に寄せ集めたようで、私も初めてこの光景を見た時には、鳥肌が立ちました。
クロダイ釣りもろくに知らない私が、一晩にして「全国のクロダイ釣り王者」になってしまうのか? 不謹慎ながらそんなヤラしいことを考えてしうほどで、ウチに家宝として飾ってある自慢のクロダイ魚拓も今日に限っては小さく見えた。(昔、クロダイに挑んだことがありますが、全く食い気なしにてクロダイの圧勝!どうやら釣りの対象にはならないようです)。

私一人の心に留めとくのは勿体ないので、より多くの方に驚愕な気持ちになってもらうために、この記事に書くことにしました。もし興味のある方は下記参考してみてください。


1)観察の条件(場所は? 時間帯は?)

場所は藤沢市の引地川河口域。国道134号の橋~上流に向かって~3つ目の橋までの間が観察ポイントです。時間帯は、干潮時(水位が低い時)のタイミングを見計らって行くのがよいでしょう。河口域は、潮の干満の影響をもろに受けますので、満潮時ですと水位が高すぎてクロダイを見ることができません。同じ干潮でも、引きが著しい「大潮」や「中潮」の日程を選ぶとよいでしょう。

2)見所は?
これは何といっても、普段なかなかお目にかかれない巨大クロダイ達のお披露目会であると言っていいでしょう。見るところ全て40センチ以上の大型個体で、目測でも50センチ以上、いわゆる “年無し(※)” も多く混じります。時にはそれを凌ぐ化け物も、群れの中にコイがいると思いきや、よく目を凝らしてみると超巨大クロダイと判明した時には流石に鳥肌が立ちました。

3)この現象はなぜ?その真相は?
この奇現象は、決して天災地変の前兆でもなければ、天からの贈物でもありません。実は毎年、夏頃になると(全国レベルで)でごく普通に見られる光景です。
これらクロダイ達はみな痩せており、これは産卵後のクロダイたちの集まりだったのです(クロダイの産卵期は4~6月ぐらい)。おそらく、虫落とし(体についた寄生虫を淡水域で落とす)、保養を兼ねコンディションを整えている、いわば湯治的なものではないかと(私は)推測しております。
そして一定期間ここで過ごすと、再び海に帰っていきます。

この集団行動の真相は私にも分かりませんが、
この時期はクロダイにとって産卵後の回復期になっているので、ここ引地川はクロダイにとっての保養場になっているのかもしれませんね。


※)年無し(としなし)

50センチを超えるクロダイを “ 年無(としなし)” といいます。クロダイは成長がとても遅く、このサイズになるともう何歳か分からないぐらい長い年月がかかっている、という例えからきています。またクロダイは性転換する魚として知られており(オス♂⇒メス♀に性転換する)、若い頃は全てがオスですが、ここまで大型サイズになると殆どが♀(メス)になります(←魚の世界ではよくある話です)。
以前、「年無し」のウロコを採取し年齢査定を行ったところ13歳でしたので、このサイズになるまでには10年以上かかることが判明しました。

★巨大魚イシナギ(第5話) ~遂に食す

  • 2011/08/12 22:22
  • カテゴリー:日記

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遂に憧れのイシナギを食します。
一見スズキとイメージしたものの、身質、食感、味、それは全くの別物でした。身を切る触感はとても柔らかいながらも、筋繊維がしっかりしており、日数が経ってもコリコリ感が劣る事はなく、また熱を加えても身崩れする事なく、プリプリ感(例えるなら、エビや鳥モモ肉のような)が味わえるので、どんな料理でもしっかりとした歯応えでした。
刺身、しゃぶしゃぶ、昆布〆、漬け、塩焼き、煮付け、揚げなど、…何にしてもパーフェクトな魚で、その中で私が感動したのは「昆布〆」でした。昆布を敷いて3日ほど寝かせた身は、昆布のうま味を吸い、かつ味わい深くなっておりました。一般的に魚身は時間が経つと柔らかくなるのですが、イシナギの身はこのコリコリ感を残したまま、味わいが深くなっていく…。ちょっと大袈裟な言い方かもしれませんが、究極の魚料理がここにあった。

私が知るイシナギは、肝臓にはビタミンAを多く含んでおり、その肝臓を食べるとビタミンA中毒(症状としては頭痛や吐き気、皮膚が剥がれる)になるので、1960年に食品衛生法で、肝臓の販売は禁止になった。イシナギに問わず、サメ、大型魚、老成魚などの肝臓はたくさん食べない方がいいですが、特にイシナギの肝臓には、魚類の中でもスバ抜けてビタミンAを多く含んでいる。

ここで補足しておきたいのは、「ビタミンA」とは、生きる為には絶対に必要で、成長、粘膜や皮膚再生、免疫力UPに欠かせない化合物であるということ。過剰摂取は先ほど述べた通りですが、逆に欠乏すると夜盲症(鳥目)になったりと、多くても少なくても体に良くないという事ですね。
よくビタミンAの欠乏による夜盲症の薬として、ヤツメウナギの乾物を食べると良いと言われており、これもイシナギ同様、ビタミンAを多量に含む魚であるからで(含有量はイシナギと比べると少ない)、もちろん頻繁に食べると中毒になる事は言うまでもない。

イシナギの「食」に関して、ほとんど知らない事ばかりで、魚人生を歩んでいる私にとって本当に良い経験をさせてもらいました。

★巨大魚イシナギ(第4話) ~解体

  • 2011/08/10 17:11
  • カテゴリー:日記

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ついに八鳥家に待望のイシナギ(30kg級)が到着しました。
「心して食しますからな」と早速解体に取りかかります(流れは画像の通り)。まずは「鋤引き」といって包丁を使ってウロコを削ぎ落す事から始めます。硬く鎧をまとったような鱗を剥ぐと白肌が露わになり、ちょっとセクシーです。

ただ丸ごとの巨体はこれで見納め。しっかり目に焼き付け、その後は勢いよく解体を進め現実的な形にします。背骨はまるで獣のように太く、各パーツの大きさも全て規格外!全てがビックリではありましたが、包丁の入れる箇所、進める手順は普段やっているスズキと同じでした(やっぱスズキの仲間なんだなと…)。

そんな解体も終盤に入り、まずはお世話になっている方へのお裾分用として「刺身用と昆布〆用」のサクを1セットづづご用意。その他、各料理の用途に応じカットしそれぞれ真空脱気シーラーして解体完了!今日はこれでおしまい。これからのイシナギ料理が楽しみです(次項に続く)。

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これは、私の魚料理道具のセットです。
小さい魚~巨大魚まで、あんな魚、こんな魚、どんな魚でも・・・。
刺身、あぶり、焼き、から揚げ、天ぷら、お寿司、干物、煮つけ・・、適切に処理をして美味しく頂きます。

★巨大魚イシナギ(第3話) ~朝獲れイシナギ(一本釣り)を鎌倉へ搬送

  • 2011/08/08 19:32
  • カテゴリー:日記

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依然イシナギは好調、でも・・。そんなイシナギ釣りにも複雑な事情がありそうだ。
まず、この釣りにおいて、釣った巨大イシナギの行方は、(1)各自で持ち帰るか、(2)大き過ぎて対処できない場合は船長に引取ってもらうかの2択になる。特に後者の場合、そのまま市場のセリに出すのですが、シーズン当初は浜値でキロ800円と高額取引されていたのが、もうキロ200円を割っているとのことで、市場は「嘆き」状態。「超」が付くほどの高級魚なのに、欲しがっている人が山ほどいるのに、それでも暴落しているのだ。

その理由は簡単、地域限定で爆発的に釣れ(漁でも獲れ)、その水揚げされるイシナギは全てヘビー級(30kg~100kg)、大波のように一気に押寄せたイシナギは、地元のバイヤーもサバき切れず、それぞれの受入先もパンクしているようだ。それでも滞りを避ける為、最終手段として値段を下げてでも流さなければならないのが本音だと思うが、魚の価値を下げるのは人間の勝手な都合にすぎない。イシナギはまぎれもなく高級魚である、これもしっかり補足しておきたい。

イシナギについていろいろ調べるうちに、知れば知るほどこの魚に惚れてんでいく。そんな日々の会話の成り行きから「で、八鳥さん、いる?」とのお言葉、絶妙なタイミングで天からイシナギが舞い降りた感じがした。平野さん曰く「ウチの家族もいっぱい堪能したし、価値のないものとして流通されるなら、欲がっている人(価値が分かる人)に渡ればイシナギも本望だろう、次に獲物が釣れたらの話だけどね」と、そんな平野さんの言葉は、人に対しても、魚に対しても心意気を感じた。そうなると、まず本命の1本は、私がいつもお世話になっている魚料理屋の料理長にプレゼントしよう。そして追加があれば私の分も・・と青写真を描いて、「とにかく2本はノドから手が出るほど欲しい人がいますから安心して釣ってきてください」と伝え、これで【釣り手】【受け手】【運び手】の気持ちが一つになった瞬間だった。
全ては成りゆきに任せつつも、すべき時が来たらビシッと段取りするのが私のやり方です。7月も終わりになろうとした時、遂にその日が来た。

朝6時に1本目、7時に2本目のコールが入った。開始早々食ってきたとの事でまさに船上からの生電話であった。私もルンルン気分で勝浦へ車を走らす・・・。勝浦に到着すると、氷でキンキンに冷えた2本のイシナギがそこにあった(30kgと35kg)。「別にアベレージサイズだよ」といたってクールな態度が平野さんらしい、奥さんや子供も、横たわった巨大イシナギには全く見向きもせず横をタッタッタッと通り過ぎる。何ちゅう家庭や、きっとこの家庭では日常茶飯事で見慣れているのでしょう。その場の雰因気に未練を残しながら、早々に2本のイシナギに車に積込み、立会人の釣主(平野さん)を助手席に乗せ、共に帰路鎌倉へ。もちろん料理長には、到着予定時刻をコールしておいた。

・・3時間後、鎌倉に到着すると料理長が外で待っていてくれた。イシナギを見つめる嬉しそうな顔、私はそれだけで十分だった。数日後、メニュー板を見ると、定食・刺身・鉢物・煮魚・塩焼き、そのトップをイシナギで飾り、お客様は舌鼓みされたことは言うまでもありません。よかった、よかった、まずはミッション終了。

★巨大魚イシナギ(第2話) ~嬉しいW祝い!

  • 2011/08/06 19:32
  • カテゴリー:日記

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依然イシナギは好調なようです・・・・
平野さんと共にイシナギを追う若手ながらベテランアングラーの磯野さん、昨年バリ島で見事ファーストGTを釣るも、このイシナギ釣りに関しては苦戦されているご様子・・・。もちろん簡単に釣れる魚でないだけに、挫けそうな時もあったでしょう、もう嫌になった時もあるでしょう・・・・。漁場の豊かな外房の海ではありますが、時にはそんな夢見るアングラーの心をいとも簡単にヘシ折ってしまうのです。

大物ラッシュが続く中、今期こそが最大のチャンスであると、平野さんと共に気持ちを奮立たせ、その想いを全て餌イカに託し、ひたすらポイントに流す・・・、流す・・・・、そして流す。水深150mに潜む大きな黒い目は、投入されたイカをしっかり見ていたのでしょう、そんな磯野さんの竿を曲げたのは、何と“63kg”という巨大イシナギでした。15分程のファイトの末、水面に浮上した規格外の大きさに歓喜よりは唖然。磯野さんにとっても念願のファースト・イシナギ!でもサイズはその名に似つかない驚愕60kgオーバー!「写真や動画では伝わらない!八鳥君に実物を見せたかったと、お化けサイズだった」・・・平野さんがその時の様子を熱く語ってくれた。言うまでもなく、この水揚げ光景は勝浦港に訪れたギャラリー達を沸かせたであろう。

磯野さんは、この数日後には入籍という人生の節目を迎えるにあたり、その最高のお祝いにふさわしいプレゼントになった事でしょう。ここまで重量級だと個人レベルではどうこうできないので、漁協に贈呈されたそうです。「W」でおめでとうございます。

★巨大魚イシナギ(第1話) ~オヤジの背中に映ったものは

  • 2011/08/04 20:13
  • カテゴリー:日記

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いきなりですが、これが巷を騒がせている?“イシナギ”です。
千葉県勝浦に住む大先輩の竿師MOON平野さんが釣り上げたものです。
ちょっと解説すると、ここでいうイシナギは俗に「オオクチイシナギ」のことを言い、スズキ科の魚では最大かと思われます(クエなどはハタ科なので・・・)。普段は水深400mもの深海に生息しておりますが、初夏~夏にかけて産卵の為に浅場(水深150mほど)へ移動するので、この間が釣りの好ターゲットとなります。アベレージでも30kgと驚きですが、釣師が目標に掲げているのは全長2m(100kg)オーバーとまさに畳サイズ!イシナギはイカが大好物なので、まずは活イカを確保すべくイカ釣りから始め、そこから本命のイシナギに展開していきます。泳がせ用のヘビータックルを用い、狙う獲物が大物だけに、むしろ釣れない方が正しいといっても過言でないほど一発大物狙いの世界であります。
「食」においても超高級魚で味は絶品!まさに季節魚でありながら狙って釣れる(獲れる)魚でないので市場にはほとんど出回る事がありません。イシナギの名前は知っていても、その素顔や生態はまだまだ謎な魚でありました。

そんなイシナギを愛して止まない平野さんから、その過熱ぶりは普段から聞いておりましたが、どうやら今年は特別なようだ。1回の出船でトータル10本ぐらい釣上げられているそうで、多い人だと1人で数本、中には今期通算で10本以上釣っている人もいるとか。驚くべき事は、釣れるサイズも半端なくつい最近、勝浦で100kgオーバーが釣り上げられ、50kgオーバーは数知れず・・・・と言っている事がケタ外れ。釣り船が帰港しイシナギの水揚げが始まると周囲のギャラリー達が集まるほどで、過去にさかのぼってもここまで釣れた事はないそうだ。

その大物釣りを実現する為、調整や段取り、身を削って、気を振り絞って・・・・・、日々費やしてきた努力と、その努力を支える精神力は相当なものであったと思います。そのプレッシャーの中で獲ったイシナギは紛れもなく貴重な1本になった事でしょう(平均サイズだけどねと冷静でしたが)。平野Jr.と比較してもかなり大きい事が分かりますが、平野親父が苦労して取った獲物、そんなオヤジの背中に映ったものを感じ取ったに違いないでしょうね(たぶん)。こういう風景が今の時代に足りない「食育」の一つなのかもしれません。
とにかく相手は巨魚なので、仲間に近所に親戚に・・・おすそ分けされたそうです。そりゃ~当然ですわね(大きいですから)。
釣師しか味わえない特典がここにある事を改めて教わりました。

開高健記念館(茅ヶ崎)へご案内

  • 2011/06/26 16:40
  • カテゴリー:日記

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普段から本当にお世話になっているお二方、大学の大先輩である釣竿工房月(平野さん)とお客様の大物釣師(高村さん)が泊まりがけで遊びに来てくれました。弊社から車で10分程のところに “開高健記念館” があるのですが、以前からここに行ってみたいとのことで、今日に至りました。私自身、開高記念館とはアラスカフィッシングツアーでのお仕事でお付き合いがありますが、それ以外で訪問するのは本当に久しぶりなので、違う視点からのアプローチでちょっとワクワクドキドキ。

もし私が開高健さんの「オーパ」に出会わなければ、今日のフィッシュナビは存在しなかった・・と言っても過言ではありません。開高さんが亡ったのは23年前(平成元年/1989年)、当時私はまだ小学生で、私が開高さんの存在を知ったのはモンゴルのタイメン(イトウ)釣りをテレビで見た事でした。もちろん作家として、また寿屋時代(昔のサントリーの社名で広報部であった)コマーシャルのキャッチコピーを作ったり、ご自身も出演されたウイスキーのCM、その時代を知っている方にとっては、懐かしさも込上げ(私なんかよりも)もっと深く感銘を受けた事でしょう。
その時代には存在しなかった「GTフィッシング」をもし開高先生が体験されたなら、どんな言葉で料理していたのでしょう・・・そんな話しを良くします。

★開高健記念館 http://kaiko.jp/kinenkan/
 ■所在地:神奈川県茅ヶ崎市東海岸南6-6-64 TEL&FAX(0467)87-0567
 ■開館日:毎週、金・土・日の3日間と祝祭日。※年末年始、臨時休館あり、
 ■開館時間:10時~18時 (11~3月は~午後17時)
 ■入場料:無料

開高さんは1974(昭和49)年に、東京杉並から茅ヶ崎市東海岸南のこの地に移り、1989(平成元)年になくなられるまでここを拠点に活動を展開されました。なお、夫人の牧羊子さんが亡くなられて、遺産継承者である夫人の妹の馬越君子さんが土地建物を茅ヶ崎市に寄贈され開高健記念館の管理を茅ヶ崎市が、また、展示および運営については当開高健記念会が茅ヶ崎市から受託して、現在に至っております。

★芦ノ湖の釣り★ シーズン終わりのブラウントラウト釣り(初夏の岸釣り編)

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シーズン中、芦ノ湖に通っていると(同じ場所でウロウロする)居付きのブラウントラウトを何度も目にします。芦ノ湖には “回遊性のブラウン” もいれば、その場に留まる定住性の “居付きブラウン” もいるようです。以前のブログでは前者ブラウンのことを書きましたので、今回は後者ブラウンについて書きたいと思います。

岸からトラウトを狙うベストな時期は、ズバリ、ワカサギが産卵で接岸している時期、つまり春~初夏です。この時は普段お目にかかれない野生化したトラウトがワカサギを追って接岸してくるからです。
ただ野生化したブラウントラウト達はとても賢く、私(釣人)の存在なんて完全に無視!それを狙おうなら、釣糸が水面に触れた波紋だけで警戒心を持ち、切り札である活ワカサギを目の前に泳がせても、もしその泳ぎに違和感があろうなら完全に見極められてしまいます。
それもそのはず、マス達の周りには餌が豊富にあるので、敢えて疑惑持ちの危険な餌に食いつく必要もないのでしょう。いつも同じブラウンがウロウロしているのを目にし、接岸するワカサギを飽食し、見る度に太ってきているのが分かります。いつかきっと・・と思う日々でした。
勿論、この場には私以外に多くの釣人が訪れますが、上記理由でなかなか釣れてくれません。

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それから1か月が経った6月上旬・・・、ワカサギは産卵が終えワカサギの群れは湖から姿を消しておりました。流石にもう遅すぎたかな~と思いましたが、早朝に空腹状態のそのブラウン達が浅場で餌を探しに来ておりそのブラウンの形相は必死そのもの(泳ぎながら眼球がキョロキョロ動いて餌を探している様子が分かる)、そのまま御用となりました。
あんなにも難しかったブラウン釣りでしたが、最後は本当にあっ気なかったです。

マス達にとって大好物なワカサギですが、年魚であるワカサギは産卵を終えると死んでしまい(一時的に)芦ノ湖からワカサギが姿を消す時があります。そのような時はマス達にとって空腹状態が続き、イライラ気味なご様子、捕食行動が次第に大胆になってくるのが分かります。

テクニックや難易度、技量云々というより、湖のサイクルを理解しながらの釣りでした。

★芦ノ湖の釣り★ 野生化した綺麗なニジマスたち

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芦ノ湖のニジマスは成魚放流が主で、サイズは25cm~40cmクラスが多く時には60~70cmぐらいの大型魚も放流される場合もあります。ただ放流から間もない個体は、いずれもヒレが削れて丸くなっているのが特徴です(狭い生簀など、マスの密度が濃い飼育環境下だとヒレが擦れてしまう)。

しかし、中には稚魚からワカサギを飽食し野生化した個体、放流モノが長年生きて野生化する個体もおり、それらは筋肉質でとても美しい魚体をしております。ヒレピン(ヒレがキレイに整い尖った)ニジマスは野生化の証(←本来はこれが通常なのですが…)、身も引きしまって上質です。サイズが良いものは刺身などにしたり、そこからオリーブオイルと塩レモンなどの柑橘類をふりかけると身の甘さと旨みが一層引き立ってとても美味しいです。基本的にはオールマイティーな魚なので何にしても美味しく頂けます。

★究極の魚料理シリーズ★ 釣ったサクラマスで “柿の葉寿司” を作る(箱根芦ノ湖)

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鎌倉では桑の実が色づく頃・・、箱根では山頂まで緑に染まる頃・・、私の芦ノ湖フィッシングが終盤を迎えます。ちょうどこの頃、芦ノ湖ではワカサギ接岸ピークが過ぎた頃で、産卵を終えたワカサギ達は生涯を終え、あと1週間もすれば湖から消滅します。また水温においても、15℃から20℃へ向けて上昇する時期で、トラウトの適水温を超えてしまいます。暑さを嫌うトラウト達はどんどん深場へ移動してしまい、岸からトラウトを狙うのが難しくなるのです。

ただ、この時期のマス達はワカサギをいっぱい食べて体を太らしており、その味は格別の一言に尽きます。この時期のマスの旨さに取りつかれ、毎年この時期に芦ノ湖に通うようになりました。釣れるサクラマスの体格はそれぞれ個体差がありますが、今まで釣った中でもダントツ太っている個体でした。一体このマスの体脂肪率は何%なんだろう?まるでイタマスのような体高です。
記録(きろく)ではなく、記憶(きおく)に残るサクラマス、貴重で美味しいお土産になりました。

こんなサクラマスを使って私はよく “柿の葉寿司” を作ります。
いつ釣れるか分からない希少なサクラマスだけに、いつ釣れてもいいように柿の葉を塩漬けして冷蔵庫で保管しておきます。
サクラマスを手にするまでの道のりは大変ですし、柿の葉寿司を作るのも手間暇がかかり大変です。しかしその味は絶対に裏切らず、今までの全ての苦労を忘れさせてくれます。その旨さが忘れられず、再び芦ノ湖に立つのでした。

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★魚の扱い/下処理★
私は釣った魚を(食べる為に)キープする主義ですが、無駄には取らない(釣らない)主義です。
そしてキープするからには、苦痛の減らす為に素早く〆てあげるのが鉄則で、かつ美味しく食べるためには早急に下処理をしてあげる事が不可欠です(現場処理が理想です)。
下処理には色々な方法がありますが、私の場合、まずエラ・内臓・血合いを取除き、背骨とアバラ骨に沿って血管が走っているので、指の腹でやさしく押して可能な限り血抜きをしてあげます。また背骨の付け根に刃を入れて神経を遮断しておけば簡易的な神経〆にもなります。
最後に全体をキレイに洗って、タオルで水気を十分に拭き取り(腹の中にキッチンペーパーを詰めておくと尚良し)、魚体や身に水分が触れぬよう最大限の努力をしてあげます。後は魚体をビニールに入れてキンキンに冷えたクーラーボックスに投入すれば完璧です。
これをするか?しないか?で保存できる日数にも、味にも大きな差がでます。

★魚の旬とは?★
大衆魚などは魚屋に行けばいつでも買えますが、実はそれぞれの魚には、それぞれの美味しい時期(旬)があります。何をもって旬とするかは「釣り(漁獲)対象」と「食対象」では多少違う点もあると思いますが、食に関して言えば、産卵期は身が痩せてしまうので、産卵の逆のシーズン(産卵から半年~数ヶ月前まで)に脂がノッていて美味しいというのがセオリーです(中には例外な魚もあります)。もし旬を聞かれた場合、私もそれを基本に話をしております。
そのため、ここ芦ノ湖のマスにおいては、一般的には秋に産卵しますので、(味における)旬は春~初夏4月~5月が最も脂がのり美味しいとされます。ヒメマスに関しては、餌である動物ブランクトン(ミジンコ)が大発生する初夏(5月~6月)に体を太らせ、最も美味しくなると言われております。

芦ノ湖のルアー釣り(岸釣り編)

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芦ノ湖マス釣りで活躍しているルアー達(マスの餌となるワカサギに似せたものが多い)。
特に「スプーン」に関しては、これだけ数があっても種類はたった2種類だけに統一されている。
ここでは、10年選手なんてまだまだ新人で、主に20年選手がスタメンとして活躍、中には30年選手(昭和のルアー)も待機してて、いつでも出場できるチャンスを伺かがっている。
もちろん、このルアーは「魚を釣る為のもの」ですが、その前に「私がこのルアーに釣られていた」ことに(今になって)気づいた・・。

さて、
芦ノ湖のトラウトフィッシングにおいて「岸釣りピーク時期は?」と聞かれたら私はこう答えます。
それはズバリ  「春のワカサギ接岸がピークになる頃」  です。
ワカサギは産卵を目的に接岸するのですが、条件が良い時はワカサギが大群を成して泳いでいる姿を目視する事ができます。

このように岸辺にワカサギがいっぱい泳いでいるのを確認できればいいですが、天候や状況により、必ずしもその限りではありません。そのような場合は、沖に出ているボートの状況も併せて確認してみます。ワカサギの接岸数の増加するとボートよりも、岸側での釣果が目立つので、これも一つの指標にするといいでしょう。
実際、この時にボート釣師の方に魚探でチェックしてもらうと、沖で確認できるワカサギの群れは日々どんどん減っているそうで、これはワカサギが岸側に推移してて、マスもそれを追っている事が裏付けられます。

またトラウトは “偏食傾向” がありますので、このワカサギの接岸時期におけるルアーの選択は、やはり「ワカサギ」に限定されます。表層を横泳ぎにフラフラ~とさせたり、逃げ惑う様子を演出したり、瀕死のワカサギを演出するために何かしら工夫する必要がありますが、そうするとマスの反応は格段と良くなります。更に最近のルアーの中には、三日月型に湾曲している左右非対称型のミノーも開発され、竿先をチョンチョンするだけで瀕死のワカサギを演出してくれる優れモノもあります。

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ただルアーに関しては、どれが良い悪いを無理に決めつける必要はなく、ワカサギの様子やその時その時期の状況に応じていれば、あとは皆さんの使い慣れたルアーで(状況に応じたルアー操作と演出ができれば)良いのではないかと思います。
岸からのキャスティングの場合、場所や攻め方が限定されているので、各々の持論や技量度云々を語るよりも、マスにとって良い状況の時にその場に居るか否かが、最大の肝になると思います。

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水温が10℃を超えるとブラックバスも活発になってきます。そして20℃を超えるとブラックバスが主なターゲットになるでしょう。トラウト釣りにおいては、このバスは外道(※)になりますが、時には50センチを超えるランカーバスが掛かることもあります。

※)外道(げどう)とは、
本来狙っている魚に対して、そうでない魚が釣れる事をいいますが、たとえそれが本命以上の嬉しい魚であっても外道は外道となります(どんな釣りにおいても誰もが経験されていると思います)。

★芦ノ湖の釣り★ 春の知らせ(水温の推移)編 

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箱根芦ノ湖にもやっと春がきました。
芦ノ湖は標高723mに位置し、季節の流れは都心よりも2~3週間ほど遅れて来ます。
都心平地では3月末~4月上旬に咲く桜も、芦ノ湖周辺では4月中順~GW前ぐらいに開花し、新緑もGWぐらいからやっと色づいてきます。

桜の便りは、標高の低い小田原から始まり、湯本(標高100m)、塔ノ沢(標高150m)、大平台(標高330m)、宮ノ下(標高430m)、強羅(標高550m)そして芦ノ湖(標高723m)へと標高が上がるにつれて桜が追うよう開花するので、この時期に通い続けると2度も3度もお花見を、そして後を追う新緑も楽しむ事ができます。
これは釣果とは直接関係しませんが、そのような自然の変化を何度も楽しめるのが、“山上湖マス釣り” の魅力かもしれません。

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これは、芦ノ湖に生息しているアカハラ(ウグイ)の産卵です(5月上旬に撮影)。
これも春の知らせの一つで、ブラックバスやトラウト達が移入されるよりも、ずっとずっと昔から芦ノ湖に生息している、いわば日本古来の魚です。
昔の箱根の人達は、このアカハラが騒がしくなるのを見て、春の訪れを知ったそうです。

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そんな楽しいシーズンもさすがに緑が濃くなる5月中旬を過ぎると、湖面や浅場の水温が高くなり水温躍層(※)ができ、高水温を嫌うマスたちは沖の深場へ移動していきます。その為、岸から狙うにはあまりにも厳しい状況になり、私がやっている岸からのマス釣りが終了となります。
それとは逆に、ボートを利用した沖釣り(レイクトローリング、ジギング、ボトムフィッシング)では、トラウトの遊泳層が絞りやすくなりますので、とても有利な釣りができます。

※)水温躍層(すいおんやくそう)とは・・・、
水はおもしろい性質をもっており、それは水の温度によって、水自体の密度(比重)が変わる事です。例えば、お風呂を沸かす時をイメージされると分かりやすいですが、暖かい水は比重が軽くなり上層へ・・、冷たい水は比重が重くなり下層へ・・と分かれ、これらが混じり合わない現象のことを水温躍層いいます(夏の湖ではよく起こる現象)。

これはちょっとした豆知識ですが、
因みに、水が最も比重が高く(重く)なる温度は4℃であって、2番目(3℃と5℃)、3番目(2℃と6℃)、4番目(1℃と7℃)・・・と、一番重い4℃を基準に1℃づつ温度が上がる(もしくは下がる)につれて比重が低く(軽く)なります。
そこで「5番目に軽いのは?」とちょっとイジワルな問題を出すと、(先に述べた法則を見て)皆さん「0℃と8℃!」と答えますが、これはブ~(不正解)です。
「0℃」というのは氷で、これは例外で水の中で一番比重が軽くなります(コップに入れた氷は水面をプカプカ浮いているイメージです)。予備知識として、どこか記憶の片隅に入れて頂ければ幸いです。

シーズン終盤になると、上記理由で魚が岸に寄らなくなり、最終的には全く釣れなくなります。
色々な未練を残し、芦ノ湖釣りの必需品である寝袋やコンロを車から片付ける時が一番淋しいです。そんな空っぽになった車内を見て、「あぁ~本当にシーズンが終了したんだなぁ」と気持ちに区切りがつきます。

★芦ノ湖の釣り★ 私 vs 大ニジマス(判定!薄皮一枚で釣人の勝ち)

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長年、芦ノ湖で釣りをやっていると、いろいろな事が起きます。
針に掛った魚において、何をやってもキャッチできる時もあれば、何をやってもキャッチできない時もあります。で今回は珍しく前者でした。
竿を曲げたのは65センチの大きなニジマス。何とかタモで取り込み、そこに横たわるマスの口元を見てビックリ! 何と、掛かった針がマスの頬の薄皮一枚で持ち耐えているではありませんか!

針を外そうと、指が触れた瞬間「プツン」っと皮膚が切れて呆気なく外れました。あとになって事の重大さに気づいた瞬間でした。

ニジマスにとっては不幸かもしれませんが、こればかしは致し方ありませんね。釣られる方も必死ですが、釣る方も必死ですから。その後は軽く酢〆にしてマス寿司に、美味しく頂きました。

築地市場をガイド案内しました。

  • 2011/02/25 18:52
  • カテゴリー:日記

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弊社フィッシュナビのパラオフィッシングツアーでご利用頂いたお客様はご存知だと思いますがパラオのスタッフガイドであるKB(ケービー・サクマ)でございます。
私の兄はパラオにいるのですが、兄がいる現地法人(プレジャーアイランド)は、トローリングから、オプショナルツアーまで何でもこなす頼もしい存在です。特にマーリンのトローリングにおいて、ツトム艇でツトムさんとKBガイドの組合せは鉄板であって、マーリンのトローリングをさせたらパラオNo1と言っても大袈裟ではないと思っております。
そんな兄もKBやパラオ関係者を連れて久々の一時帰国。どうもKBが「築地に行ってみたい」と言っているのでガイドを宜しく頼むよ~と兄からお願いを受けましたのでKBを築地市場へ場内外をガイドしてまいりました。私もKBとは2年ぶりの再会です楽しみです。

魚影の濃さは世界でもトップクラスのパラオ、いわば日本の築地のようなものですね。美味しいとされる魚は日本もパラオも同じ。ハタ、スナッパー、トレバリー、マグロ…。もともとナイフ1本で全てをこなせてしまう彼らではありますが、キレイに捌くにはやはり限度があり苦労している様子、その悩みはずっと聞いておりました。

…という事でまずはそんな悩めるKBと包丁屋へ。
店に入ると包丁がズラ~り。対象魚・用途・行程によりそのバリエーションの豊富さには釘付け。それら道具のこだわりがKBの目には新鮮に見えたかもしれません(包丁職人さんと記念撮影)。包丁(ネーム彫)、砥石、ウロコ取り、骨抜をプレゼントしました。
これら道具を駆使すれば、よりキレイに解体できますし、何よりもお客様により良いサービスをご提供できる事でしょう。

ここはベタだからパスかな…と素通りしようとしたのは衣服屋さん、横を振り向くとKBの目がキラキラしながら釘づけしているではありませんか!やはり異国の人から見る「漢字」は魅力あるようです。お約束の「築地Tシャツ」を即購入してました。現地パラオで築Tシャツを着ている人を見かけたらそれはきっとKBです。

梱包も済み、ミッション終了。
夜のデルタ便で帰路パラオへ発ちました。KBさんお疲れ様でした。

相模湾の海の幸(デラックス御膳)

  • 2011/02/18 20:00
  • カテゴリー:日記

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最近うすうす気づいていたけれど体重が増えている。ズボンもキツくなってきた。
今年こそ絶対に痩せねばと心に誓った。しかし、そんな薄っぺらい決意の前に立ちばかる差入れはいつも手強い。アマダイ、イトヨリ、アカボラ、トラギス、サバ、カレイ、まるで竜宮城にも出てきそうな強豪メンバー達、しかも近海(平塚沖)の新鮮そのもの!
極めつけは「八鳥さんにあげますから持ってってください!」と言い出す。むむ悩むところ(←全然悩んでいない)。やっぱ来月から努力するとしよッ。

ちょっちょいと、昆布蒸し、天ぷら、塩焼きにしてみました。ソルトウォーターハウスの福田さんが差入れくださいました。ありがとうございました。

山の幸 in みちのく(岩手県内陸)

  • 2010/09/20 21:19
  • カテゴリー:日記

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かねてからの計画でSWH福田さんと岩手の渓流へ。過去20年間通っているというポイントを案内してくれました。私自身ここ岩手で竿を振るのは11年ぶり、私の母校(北里大学水産学部)が三陸だっただけに、今回の釣行はとても懐かしく感慨深いものがありました。
もう来月10月~禁漁になるので、今回の釣行が今期最後になりそうです。その思いは渓流ファンの皆もが同じで、我こそはと早朝5時にもかかわらず既に何組か入っておりました。人が入ってなさそうな場所を探し釣り開始、丹念に淵を攻めながら2人で上流へと、何とかヤマメ・イワナ(そして外道のカジカも含め)を食料分として確保、塩焼きにして食しました。山の幸を堪能でき大自然に感謝です。ここは岩手と秋田の県境である西和可地区、あと3ヶ月もすればここは豪雪地帯に長く厳しい冬になるでしょう。また来年も再訪しますからね~。

カジキ釣行(相模湾) ~今季ラスト釣行~

  • 2010/09/12 21:28
  • カテゴリー:日記

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恒例となりつつあるカジキ釣行、今日もソルトウォータハウスのお客様艇に乗せてもらいました。
黒潮の帯が相模湾からどんどん遠ざかり(カジキもどんどん北上しつつある)、近海のカジキ釣りのシーズンはもう終盤に、おそらく今日が今シーズン最後の釣行になりそうです。
でっかい夢を乗せていざ出港!沖にでると波が強く船が左右に大きく揺られながら5個のルアーを流しカジキがヒットするのをひたすら待ちます。

燦々とした太陽の下、涼しい風が焼けた肌を冷やして心地よい・・・。
もうビックゲーム(カジキのトローリング)をしている事を忘れ、クルージングしているようです。「もうこのままでいぃ・・」そんな爽快感に浸っていると・・・「バシッ」と弾ける音が!

突如センターリガーが外れ、「ジジッ、ジジジッ・・・!」とリールのクラッチ音が船内に鳴り響き、すかさずエンジンに出力を上げ、ボート全体を使って渾身のフッキングをキメます(流石カジキ釣り、スケールが大きい)。ピンと張り詰めたラインの先にはカジキが!船上は緊迫感に覆われ、体内からはアドレナリンが放出され戦闘モードに入ります。

・・・と、その時!「フッ」とラインの力が抜けてたるむ・・・。もう嫌な予感しかしないが、それがその通りに(外れたらしい)。

ルアーを回収すると、500ポンド(180号)の極太ナイロンリーダーはギザギザな状態に(※因みに500ポンドの太さはスパゲッティぐらいあります)。おそらくカジキのビルでルアーを叩いた時にできたのでしょう。間違いなくこの周辺にカジキがいる!仕切り直しにルアーを流すも、それからは音沙汰なし、ノーフィッシュにてフィッシングストップ(終了)となりました。

今シーズン本当にお疲れ様でした、そして本当にありがとございました。

カジキ釣行(相模湾) ~本気モード~

  • 2010/09/06 20:05
  • カテゴリー:日記

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今日は金曜日、もう週末ですね。特に予定もありませんが・・・
そんな時、ソルトウォーターハウスの福田さんより1本の電話が・・・(ドキドキ)。
「八鳥さん今度の日曜日に出ますよ(=カジキ釣りに行きますよ)」との嬉しいお誘いでした。
(当然ながら二つ返事でOK)。

私としても海に出るのはほぼ1ヶ月ぶり、ソルトウォーターハウスのお客様艇に乗船させてもらいました。前回は大会だったのでポイント制を考慮し50lbクラスのタックルでしたが、今回はヘビー級で80~130lbクラス!それは重量感あふれ、セッティングするだけでも一苦労、今日は(も)獲ったるで~という只ならぬ本気モードがビリビリ伝わってくる。

5:00AMに湘南サニーサイドマリーナを出港、日の出を見ながら大島東側に船を走らせ、ポイントに到着するといざ開始!バブルの消え目で5つのルアーが、左右に振ったり、上下潜ったり、スプラッシュしたり、それぞれが良い演出してる…。いつ掛かってもおかしくないと思いつつ、飛び交う無線の内容はヒットコールではない、ナブラも鳥山もなし、決定的な情報がないままどの艇も模索しているようです。潮目か?温水域か?経験や勘を駆使して丹念に探るも惜しくもフィッシングストップ。

次回こそはきっと…ですね。毎度の事、この場に立たせてもらい本当によい勉強になります。この度も本当にお疲れ様でした。

ジンベイザメ現る in 湘南(辻堂)海岸

  • 2010/08/12 20:25
  • カテゴリー:日記

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お盆休みですね。弊社フィッシュナビは通常営業ですので、ごく普段通りの日々を過ごしております。ここは観光地だけに、江の島、鎌倉、海岸沿いは見渡す限り人だらけ!周囲のお店も活気があり「あぁ~世間はお休みなんだな」と実感できます。でも今日はあいにく台風の影響で海は大荒れ、特にこの日からカジキ釣りに出船される方たちは、残念ながら見合わせざる得ない状況です。でも週末には海況が良くなるそうなので、挽回できるといいですね。ご出港される皆さん、安全と大漁を心より願っております。

さて、2010年8月7日(土曜日)、目の前の海で「ジンベイサメ」が地引網にかかりました(湘南・辻堂海岸)。大きさは何と5m!みんなで押して沖に逃がしたそうです。テレビのニュース、ラジオでもやっておりましたが、あの水玉模様の巨体を実物で見てみたかったです!YOUTUBEでも出てました(↓)。

ジンベイザメが地引き網に! | Rescued a whale shark : 茅ヶ崎テレビ

※)ジンベイザメ=Whale shark(ホェール・シャーク)といいます。

カジキ釣行(相模湾) ~バートラムCUP(カジキ釣り大会)~

  • 2010/08/08 20:33
  • カテゴリー:日記

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関東エリアもカジキ・シーズン真っ最中。
今日はバートラムCUP(カジキ釣り大会)に参加されるSWH福田さんのお客様艇に乗せてもらいました。カジキ釣りは1年ぶり、昨年は目の前で大きなクロカジキのヒット&ジャンプを目の前で見てしまっただけに(キャッチには至りませんでしたが)、この1年間は「カジキ」という言葉に対して敏感でございます、当然ながら前日の晩はドキドキで全く眠れるはずもありません(遠足の前日は眠れないタイプでして)。
ボートオーナーさんは前日から自艇でお泊まりの様子、当日は朝5時に湘南サニーサイドを出港、いざカジキ釣り大会に参戦です。ポイントは伊豆大島沖にあるウドネへ、その途中、城ヶ島沖(沖の山)にて鳥山を発見・・・、小さなボイルを横目に走っていると、その前方にひときわ大な波紋とうねりが・・・姿を見ると50kgはあろうかと思われる「クロマグロ」ではありませんか!ここ最近、クロマグロがこの海域に入り込んでいるウワサは耳に入っておりましたが、本当におりました。
すぐにでもルアーを投げ入れたい!ところですが、あくまでもカジキ釣り大会がメインなので、未練を残しながら、大島沖へ船を走らす・・・。
ポイントに到着後、潮目にルアーを流すもノーバイト、飛び交う無線の情報をもとに、最後は更に沖にあるヒョウタンを目指す事に。その周囲には30艇ほどの船がルアーを流しておりました。時合にさしかかり、ヒットコールが相次ぐ中、「次はこっちに来い!」・・・・と願いつつも、残念ながらノーフィッシュで大会を終了、この日は全体で7本ぐらい上がったそうです。大会本当にお疲れ様でした。

追伸
他船で釣れたカジキの切り身をお裾分け頂きました(ありがとうございました)。

鍛冶屋殺し(イサキ)/魚の旬とは? 

  • 2010/06/27 00:07
  • カテゴリー:日記

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「鍛冶屋殺し」…ご存知の方もいらっしゃる思いますが、これは「イサキ」の事を言います。何せ骨が硬く捌くたびに包丁が欠けて研ぎなおすのに鍛冶屋が苦労する事の例えなのか?本当に硬い骨が刺さって死んでしまったか?は定かでありませんが、それだけイサキは硬い骨の持ち主であります。
それだけに苦労して捌いた暁には最高のご褒美が…「なぜイサキはこんなに旨いのだろうか」と噛みしめる度に思ってしまいます。
今が旬のイサキは、刺身、焼き、煮付け…何にしても否の打ち所がないぐらいパーフェクトな魚であります。特に松葉造り(皮をつけたままの湯通し氷〆したもの)に塩をつけて食べるとコリコリ感と甘旨みを同時に味わえます。この時期に良型のイサキが釣れたら(売ってたら)是非食べてみてください。

そもそも魚の旬について、イサキなどの大衆魚は魚屋に行けばいつでも買えますが、それぞれの魚には美味しい時期(旬)があります。何をもって旬とするかは「釣り対象」と「食対象」では多少違う点もあると思いますが、食に関して言えば、産卵期は身が痩せてしまうので、産卵の逆のシーズン(産卵から半年~数ヶ月前まで)に脂がノッていて美味しいというのがセオリーです。もし旬を聞かれた場合、私もそれを基本に話をしております。
ただ、このイサキに関しては例外!春~初夏が産卵期なのにこの時期にとても脂がノリ美味しいのです。この魚だけは私の理屈を覆す魚であり私自身も経験から学びました。

ナマズ料理(芦ノ湖産) ~トラウト釣りシーズンの終わりを告げるモエビとナマズ~

  • 2010/06/04 18:28
  • カテゴリー:芦ノ湖

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箱根山間部が青々しもう初夏の陽気。
ワカサギの接岸が終わり、ワカサギの唐揚げにモエビが混ざると、いよいよ(私がやっている)芦ノ湖のトラウト釣りシーズンが終わりになります。
それは水温が15℃を超え20℃近くになるとモエビが大発生、湖岸で身を潜めていたチチブ(ハゼの仲間)も姿を見せ、浅場ではコイやブラックバス、そしてナマズの姿が目立つようになりました。
もともと高水温を嫌うトラウト達は深場に逃げてしまうので、岸からのマス釣りはこれで一旦終了します。

そんなシーズン最後に竿を曲げたのは60センチはありそうな見事な大ナマズでした。
一旦針に掛ると、全身を使って渾身の力で大暴れするのがナマズの特徴。そんなナマズの暴力的な引きに苦戦しながらも、やっとの事でタモに納める事ができました(これはお持帰用でキープ)。

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ナマズの見かけはグロテスクで暗色ですが、捌くとキレイな白身の持ち主で、脂身(あぶらみ)が黄色いのが特徴です。

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このナマズ開きを蒲焼にしてみました(関西風)。ここでいう関西風とは「背開き+焼き」を意味してます(因みに関東風は、背開き→蒸し→焼きの行程になります)

「見かけからして、いかにもウナギに似ているのかな?」とよくご質問受けますが、ズバリ違います。食に関していえば、味も食感も「ウナギとは全く別物」で、味はタンパクで、身質はとてもシッカリ、食感もパサパサ感があります。そして特徴的なのは皮、まるでゴムのように固くなりますので、下処理の際には皮を剥ぎ、「焼き」よりも「揚げ」で調理する方が美味しく頂けます。

★芦ノ湖の釣り★ 人生初!60センチ超えの巨大ブラックバス( 62.5cm/4.64㎏)

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今週から梅雨に入りました。鎌倉では紫陽花(あじさい)がピークを迎え、観光客がどっと押し寄せるので、箱根へ逃げてきました。

梅雨時期の箱根、雨の箱根もなかなか(良い雰因気)です。
岸からのマス釣りシーズンも終わり、あの騒がしかったコイやフナのハタキ(産卵)も終わり、平穏な芦ノ湖に戻りました。
今日は朝から雨ですが、無風で湖面は穏やかなので釣りは楽しめそうです。ただマス釣りの常連さんはヘラブナ釣りを楽しんでいるご様子。そのヘラ釣りの「趣」が備わってない私からすると、ちょっと仲間外れ感がありますが、今日は一人でフカセのムーチングをする事にしました。「ムーチング」とは、活きた魚を餌にして大物を狙う釣りのことで、別名「泳がせ釣り」とも言います。

この手の釣りは、まずライブベイト(活き餌)の確保から始まります。
ここ芦ノ湖では、ライブベイトとしてオイカワやウグイなどの小魚釣りし、釣ったものをブクブクで活かしておきます。それを使って大物釣りへと展開していきます。これぞ食物連鎖の釣り・・・果たしてどんな魚が掛るだろうか?とても楽しみです。

早速、一流し目ですぐに反応がでました!
まず、ゆったり泳がせている魚が、急に動きが慌しくなりアチコチに逃げ惑います。これは、その真下で大型魚に狙われていることを意味しており、その緊迫した様子は、ライン(釣糸)を通じて、私の手元にまで伝わってきます。
そして大型魚がガブッと食いつくと、弛んだラインが一気にピンと張り詰め、それが「重み」として竿先に伝わります。手持ちの竿に “ググ” っと強い感触が伝わり、ラインがスルスルと出て行きます。アワせをしてみるとシッカリ重みが乗り、「おっ何か掛かった」と気持ちが弾むも、竿は大きな弧を描いたままピクリとも動かないので「こりゃ根に潜ぐられたかな~」と苦笑い。

ただその様子を傍から見ると、竿がシッカリ曲がっている状態ですので、それが魚なのか…? 地球なのか…? なんて誰もが知る由もなく、周囲の観光客たちにとって格好の標的に。それを一目見てやろうと観光客たちがジワジワ近づいてきます…。
私は「魚じゃない!」「根掛りだ!」と手を大きく振ったり、手で「×バツ」をしたりして、魚が掛かってないことを必死にアピールして見物客を散らします。これぞ箱根芦ノ湖の岸釣り!観光地ならではの釣りです。

観光客が散ったので、気を取り直して渋々ラインを手繰ると・・・
ズズッ、ズルッ・・・と鈍くライン出ていくので、やはり何か魚が掛っている様子。その時、ラインの延長上の沖で豪快なエラ洗いをしたのを見て “巨大ブラックバス” と判明!ここで初めて事の重大さに気づきました。

その後が大変!エライこっちゃです。
豪快なエラ洗いを繰り返すわ・・水草の群生に突っ込むわ・・枝に絡むわ・・桟橋に逃げるわ・・、ラインを出されては巻いての攻防を繰り返します。流石に長生きしているだけあって逃げる術を熟知しているようで、最後の最後まで巨大ブラックバスの名に相応しい抵抗を見せてくれました。
最終的には、バスを釣っているのか? 水草の塊を釣っているのか? これでもかと言わんばかりに絡みついた枝や水草を一つづつ丁寧に取除き、やっと露わになった巨体。モノサシと手秤を取り出したのは何年ぶりだろうか、計測すると釣人生初の60cm超のブラックバスでした。
過去に50㎝を超えるブラックバスを上げた経験はありますが、60㎝級となると全くの別物に見えます(イメージ的には、それよりも2回り、いや3回り違うかもしれません)。
撮影後、速やかにリリース、湖にお帰り頂きました。

釣ってストックしておいたオイカワはお持帰り、から揚げにして美味しく食しました。
芦ノ湖にはオイカワやウグイなどコイ科の魚も多数おり、私にとっては名脇役ながらも欠かせない存在です。特にお客様を相手する時は、オイカワの唐揚げも料理メニューに加えると「これは旨い!」と口を揃えていいます。オイカワは誰もが馴染のある魚ですが、料理して食べるのは初めてみたいです。

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夏至も近い5月下旬。芦ノ湖地区の日出時刻は4時30分頃なので、その1時間前(3時半)から釣りを開始することができます(芦ノ湖漁協の規定上)。特にオフ期は3~4時間もあれば十分なので、7~8時頃には終了します。わたし一人の釣行時はそのまま下山して鎌倉に帰りますが、お客様を相手している時は「釣り+箱根観光+温泉」を組合せることが多いです。ここは大涌谷にある硫黄の採掘場で生物を寄せ付けない異次元な世界。ロープウェイや高台から望むその光景は圧巻そのもので、まるで地球外にいるような錯覚に陥ります。

★究極の魚料理シリーズ★ 釣ったサクラマスで棒寿司を作る(箱根芦ノ湖)

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朝霧が残る静穏な芦ノ湖畔はいつ見ても美しい(5時AM)。

毎年の事ですが、芦ノ湖のサクラマス釣りはその年ごとに傾向があり、手をかえ品をかえ何とかサクラマスを手にできるように頑張ってます。
そもそも「サクラマス釣り」は「出会い系の」要素が非常に強く(特に河川では、遡上のタイミングが合わない限りは全くカスリもしないので尚更)、それ故  “難易度が高い釣り” と祀り上げるイメージがありますが、ズバリそれは間違っています。
そもそもサクラマスは非常に貪欲な性格で食いしん坊、目の前に餌さえがあれば貪欲に喰ってくるタイプなので、どの回遊コースと水深に仕掛けを流すか? が、この釣りの最大の肝になります。勿論、それをやり続ける根気は必要となりますが、その読みが見事的中すると丸々した銀白色の魚体を手にする事ができます。

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そんな愛してやまないサクラマス釣りですが、私をそこまでさせるのは何といってもサクラマスの旨さにあります。特に春~初夏の時期のサクラマスの味は格別に旨く、それは産卵で接岸した大量のワカサギを飽食し体を太らせているからです。
そこで、私がよく作る美味しいサクラマス料理をいくつか紹介したいと思います。

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★お刺身 
一般的には、海産サケマス(遡上モノ含む)はアニサキスなどの寄生虫がいるので生食は避けますが、芦ノ湖などの陸封の閉鎖水域で育った陸封サクラマスは刺身で食べることができます。それはアニサキスの由来しない餌(芦ノ湖ではワカサギを示します)を食べて育っているからで、これらは寄生虫の心配がなく「刺身」として食べる事ができます。
釣ったらすぐに〆て適切な処理をします。その日に刺身にして食べてもよいですが、一晩~二晩寝かせると旨みが増しより美味しくなります。
シンプルに醤油とワサビだけでもOK。ちょっと洋風にしたければ、胡椒・香草・ケーパース・岩塩・レモン・オリーブ油をかけてカルパッチョ風にしてもOK。それが面倒な人はクレイジーソルトをそのまま振りかけるだけでもOK、素材が良いので何をやっても美味しく頂けます。お酒がよくススムと思います(私はお酒が吞めませんが)!

★塩焼き・カマとカブト焼き 
王道の塩焼き、その中で私がおススメしたいのはこのサクラマスのカブト焼きです(頭だけでなくカマも含めたら尚ヨシです!)。これは究極の絶品であり、釣った人の特権ともいえるでしょう。頭はほぼ軟骨で出来ているし、カマも薄い骨が殆どなので、これを塩焼きにすると柔らかくなり9割以上が食べれてしまいます。サクラマスの脂はとても旨くコクがあり、お酒がよくススムと思います(私はお酒が吞めませんが)!

★豪快なマス寿司(棒寿司) 
これはサクラマスの半身を惜しみなく使い、棒寿司に仕上げたものです。作り方は簡単!しめ鯖と同じ要領で、3枚に下ろし、小骨を取り除きます。切身をベタ塩で脱水し、最後に酢(酢+砂糖+塩+ミリンorお酒)で締めるだけです。漬ける時間はお好みで・・・(私は浅漬けを好みます)。それを巻き簀(まきす)で巻いて、その状態のまま一晩寝かせます。これで究極のマス寿司が完成です。これもお酒がよくススムと思います(私はお酒が吞めませんが)!

★芦ノ湖の釣り★ 回遊性の大型ブラウントラウト(希少個体)

  • 2010/05/03 19:36
  • カテゴリー:芦ノ湖

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ブラウントラウトの性格を述べると・・
警戒心が強く、常に疑心を抱きながらも、一度食べると決心したらその捕食は豪快そのもの。“繊細”と“豪快”さの両面を兼ね備え、血液型で例えるならまさに知性的なAB型の気質の持ち主といえよう。
ここ芦ノ湖では、幼魚~成魚ブラウントラウトが放流されており(その年ごとの放流事情にもよります)、その中には稚魚や若魚から生き延び、完全に野生化した回遊性のブラウントラウトも生息しております。ここで書く「回遊性」とは、銀毛化しかかっている個体を示しております。

その姿はまるで弾丸のような体つきで太い、遊泳力があり、眼がよく、賢い、そして用心深いときた。何も気配のない湖面に突如現れ、一瞬で餌やルアーを見極め、もし僅かな疑いでも感じようなら もう二度とその場には現れることはない。未練を一切残すことなく消え去る回遊性ブラウントラウト・・いつもそこに残るのは、私の敗北、脱力感、後悔、そして治まらない手の震えだけ。道具云々とか・・、技術云々とか・・、経験値云々とか・・、もうそんな次元ではない。この出会いは1シーズン必死に通い続けて一度あるか否かで、たとえあったとしてもほんの一瞬の出来事!もうこればかりは成す術がなく一期一会のようです。

この回遊性の大型ブラウントラウトを釣ることは、「芦ノ湖フィッシングにおける最難関」と言っても決して過言ではないでしょう。芦ノ湖の釣りをよく知る者は、誰もが苦い経験するのではないだろうかと思います。

そんな芦ノ湖の釣りで、私の強い味方になってくれるのは「風」です。
芦ノ湖に通う方なら誰もが参考にする重要ファクターの1つで、その風ひとつで良くも悪くも状況を変え、時には気難しいトラウトの警戒心を解いてくれる時があるからです。
もちろん、暴風になってしまえば私に釣りすらさせてくれませんので、そのギリギリの境目でどこまでちゃんと「釣り」をしている状態にもっていけるか、これがこの釣りの最大の肝となります。
あとはそれを繰り返し行い、出会いのチャンスを待つ他ないのです。

特にショア・フィッシング(岸からの狙う釣り)場合、場所や攻め方が限定されているので、各々の持論や技量度云々を語るよりも、「マスにとって良い状況の時にその場に居るか否か」が最大の肝になると思います。この釣りで肝に銘じとかなければいけないのは、「主導権は常にマスと自然側にある」ということです。

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そんな回遊性の大型ブラウントラウトが現れる条件はというと、いつも決まって同じ。
まずは曇天、そして強い「向風」が吹きつけ、暗黒な湖面には三角波が立ち、今にも波頭が砕けそうな状況です。吹き付ける向風の中での釣りは、苦戦を強いられますがこの時がトラウトの警戒を解きまさにベストチャンスといえます。荒れ狂った湖面に突如水柱が立ち、ワカサギ群れがパニックを起こし逃げ惑いアチコチに飛び跳ねます。そう、その真下には捕食スイッチが入り興奮したブラウンが目を光らせているのです。その体色はより色調が強くなり、暗黒な湖面に黄金色の魚体がクッキリと浮び上がり、その泳ぎは「早く」「鋭く」、そして「大胆」になります。

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そして2010年5月、私が芦ノ湖に通い続けてから8年が経ち、やっとのことで釣れた貴重な1本!全てが報われた瞬間でした。
勿論マグレですし、サイズに関しても決して記録モノではありませんが、豊満な弾丸ボディーにはブラウンの代名詞である黒点と僅かな朱点をちりばめ、目元にはエメラルドグリーンのアイシャドーをキメた極美の雄ブラウンでした。

因みに、これは釣ったばかりの写真。鱗はまるで金箔と銀箔を貼ったような美しさですが、時間が経つにつれ見るみるうちに全身が暗色に色褪せ、ひとつの “生” が終わりました。この天然色は儚く有限の美であることを教えてくれました。

私は食べる為にキープする主義ですが、無駄には取らない(釣らない)主義でもあります。
私の経験上、この様子だとまだまだ釣れそうな雰因気ですが、今日はこの1本で十分!納竿となりました。丁寧にクリーニング(下処理)を施し、キンキンに氷詰めして下山となりました。

分厚い胴体は、普段からワカサギを飽食している証。腹を裂くと、なんと胃袋からは15尾のワカサギが出てきました。そしてこの「16尾目の捕食」がこのブラウンと私の運命を180度に分けてしまったようです。

身はキレイなオレンジ色で、皮下には分厚い脂肪を蓄えておりました。
刺身、塩焼き、お寿司、そしてスモークにも・・、脂が甘くコクがありこの上ない極上のブラウントラウトを堪能することができました。

2010年国際フィッシングショーを終えて

  • 2010/02/15 13:31
  • カテゴリー:日記

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今年2010年にフィッシングショーにご出展された、
ソルトウォーターハウス(Salt Water House)様、3日間お疲れ様でした。
今回は福田店長のご厚意で、弊社フィッシュナビも便乗出展させて頂きました、本当にありがとうございました。

ここのショップさんは、もう20年以上前(私が小学校の頃)から存在していたお店です。日本では珍しいマーリンフィッシング(カジキ釣り/トローリング)専門店で、80年代初期~日本のビックゲームを築き上げ、まさに日本のビックゲーム界における草分け的存在なお店です。クルーザーだけでなくスモールボートでもカジキ釣りができるような仕様にセッティングしてくれたり、熟知した福田さんが懇切丁寧に教えてくれますので、これからカジキに問わずトローリングをはじめようとしているオーナーさんは是非ご相談されるとよいでしょう。
仕事上で弊社フィッシュナビも現地パラオでのマーリンフィッシングを手がけてもらっており、プライベートでも非常にお世話になっております。

さてブース内に飾ってあったマカジキのカメラハンティング風景、これは絵でもなければCG合成でもなく、本物ですので驚きです。

この写真をはじめ、多くの水中写真家をストック&販売しているシーピックス・ジャパン代表(廣瀬さん)にお話を聞くと、昔はこの手の写真は撮れなかったそうで、特に早い動きをするカジキを撮る場合は、光量の調節がどうこう◎△$□?!*♪、ん~カメラの世界も奥は深いようです。とにかくデジカメの進歩も一躍かっているそうですが、何よりもそれを撮ったカメラマンの根性の賜物ですね。マカジキやセイルフィッシュのハンティングはビル(角)を使ってイワシの群れをパンパンと叩いて、失神したものをパクっと食す。そんなカジキの生態を見る事ができます。
そんな廣瀬さんが、遂にトローリング界に参入!最新の撮影技術を駆使し、多角的な視点でカジキの魅力に迫りますので、乞うご期待です。近々、BIG-GAME誌の中身を多くの写真で飾る事でしょう。

※写真:マーク・モントッチオ/シーピックスジャパン社より抜粋
弊社フィッシュナビもこの画像をシーピクスジャパンさんから買い、当ホームページのトップバナーに飾っております。当社フィッシュナビのバナーには、フィッシュナビ事業に係ったお客様(もしくは私自身が現場で撮影したもの)である拘りをもっておりますが、このマーリンの画像だけは唯一の例外!私の一目惚れで採用しております。

★検証★ クロダイ(年なし)は何歳か?調べてみました。

  • 2010/01/07 23:58
  • カテゴリー:日記

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▲片瀬のヌシ(年なし/クロダイ老成魚)57.5cm 2.9kg  
2006年12月24日、午前4時AM(中潮/干潮時)、湘南・片瀬川河口(江の島大橋付近)にて 

今年2010年は、カナダ・バンクーバーの冬季オリンピックです。
オリンピックは毎4年ごとの催しですが、やはり歳をとるにつれ、時間が過ぎるのが早く感じる気がします。もう前回(2006年)のオリンピック(トリノ)なんて、つい最近のように思えてしまいます。
またこの2006年というのは、私の人生の中で最も「スズキ釣り」にノメり込んだ年でもあります。勿論、日中はフィッシュナビ本業ですが、真夜中~早朝にかけてスズキ釣りと深夜オリンピックテレビ観戦の繰り返しでした。
そして何よりも記憶に残るのが、スズキ釣りの外道(※)として釣れた年無(としなし)のクロダイでした。今となっては自分にとっていぶし銀メダルです!

※)外道(げどう)とは、
本来狙っている魚に対して、そうでない魚が釣れる事をいいますが、たとえそれが本命以上の嬉しい魚であっても外道は外道となります(どんな釣りにおいても誰もが経験されていると思います)。

勿論、年無しクロダイは全国にいますが、ここでこのサイズが出るのは珍しく、巷で噂になったぐらい大騒ぎでした。地元の常連さんから「もうこんなの一生釣れないから絶対に魚拓を取っとけよ!」と忠告いただき、その教えの通りちゃんと魚拓にして八鳥家の家宝として飾っております。
そして別れ際に「もし八鳥さんが再びクロダイを釣ったら、アンタを海に沈めてしまうかも?」と私の肩を小突いてニヒルな笑顔で去って行きました。
それ以降~、クロダイの「ク」の字もカスりませんけどね。そのおかげで(海に沈められる事もなく)今日まで生き延びております。

そんなこんなで、クロダイに縁のなかった私が、この1匹の出会いで、感動と思い出をもたらせてくれた事は言うまでもありません。当時スズキ釣り駆け出し頃で、ひたすらルアーを投げ続けていた頃を思い出しました。

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ではここで本題、冒頭でも述べたように50cmを超えるクロダイを “ 年無(としなし)” といいます。
クロダイは成長はとても遅く、このサイズになるともう何歳か分からないぐらい長い年月がかかっている・・という例えからきています。
またクロダイは性転換する魚として知られており(オス♂⇒メス♀に性転換する)、このサイズになると殆どが♀(メス)になります(※魚の世界ではよくある話です)。

さて、そこでふと思うのが「年無って何歳なのだろうか?」という疑問です。
せっかく大物も釣れた事ですし、そんな素朴な疑問を解明してみようと思います。

★クロダイの年齢査定は?
まず、魚の年齢を調べるには、鱗(ウロコ)を用いその年輪を数えるのが一番簡単で分かりやすいと思います。1枚のウロコを採取し、それを照明に透かしてデジカメで撮ります。それを後で画像拡大すると概ねの年輪をチェックする事ができます。ウロコについては、基本的にはどの部位のウロコでも判別可能ですが、何らかの原因で剥がれてしまい途中で再生したウロコは再び0歳からのスタートとなり(実年齢よりも若くなりますので)参考になりません。なのでデータの精度を上げる為、比較的剥がれづらいであろう部位(←理想は胸鰭の付け根の部分)の鱗を採取し、かつそれを複数のデータを取って信頼性を上げるのが良いでしょう。

因みに、この個体の年齢判定は、推定12~13歳でした。
その環境、地域、個体差、食生活等により成長速度が異なりますが、ただハッキリ言えるのは「50cmを超えるクロダイは10年以上の生きている可能性が高い」との結論に至りました。

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そして、今回釣った年なしクロダイで、歯の標本も作りました。
ちょっと不気味に思えるかもしれませんが、クロダイを多方面から知る上での大切な資料にもなっております。私にとって大切な思い出でもあり、今でも(これからも)家宝であり続けることでしょう。
クロダイの唇は分厚くプルンプルンですが、この魅惑の唇に騙されてはなりません!
唇をめくるとご覧の歯がズラっと並んでおり、また手でこじ開けられないほどの強靭な顎の持ち主で、もし指を噛まれようなら確実に大ケガします。なので触れる際には細心の注意を払ってください。
歯の構造は、前歯(6本)は出っ歯で、まるで潮干狩りの熊手のように長く尖ってなっております、そして奥歯は臼(うす)のように丸くなっており、それが何層にも連なっております。クロダイは貝類・甲殻類が主食で、特に堤防やテトラポットに付着したイガイが大好物なので、それを削ぎ落しバリバリ噛み砕くの適した構造になっております。今回の釣り場の堤防やテトラポットにも「ムラサキイガイ」がびっしり付着しており、この釣ったクロダイの胃の中を調べたら案の定、イガイが詰まっておりました。

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魚拓は顔が命。最後の仕上げに目玉を描き込みます。指先に全集中!

★私とスズキ釣り★ 愛用者の悩み/レッドヘッドのバイブレーション編

  • 2009/12/13 09:52
  • カテゴリー:日記

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私の中で多くの疑惑と感動を持つルアー、それはレッドヘッドのバイブレーションルアー。
初めて見た時、この非現実なカラーで本当にスズキが釣れるのか?それが私の第一印象でした。
しかし、このルアーで結果(釣果)が伴うと、否定的な見方から肯定的になり「先入観から脱する機会」を実例をもって勉強させてくれたルアーでした。

さて「レッドヘッド」の起源は、ラパラなのか? ボーマーなのか? それともコットンコーデルなのか? 確か1987年にラパラが日本向けカラ―として「レッドヘッド」をリリースしたのは知っていますが、当初から似たようなカラ―が存在していたのを記憶しているので、本当のルーツはどうなのか私には分かりません。少なくてもレッドヘッドを考案した人、それを広めた人には、私からフィッシュナビ賞(仮称)をあげたいぐらい感謝の気持ちがあります。

私の場合、初めは疑いを持ちつつも、何かしらの理由で “お気入り” になると、以降~それに惚れこみずっと使い続ける性格です。ただ、それをあまりにも長く使い続けると、世の流れで市場から消えてしまう事もしばしば、そのため「末永く同じモノを使い続けること」は意外と難しかったりします。「使い続ける」となると、根がかりなどの外的要因で予期せぬ別れも多々あり、特にルアーとなれば尚更で消耗がつきものです。“言っている事” と “やっている事” に矛盾が生じてしまいます。

めまぐるしく発展と衰退を繰返すシーバス用ルアーの市場では、むしろロングセラーに留まる方が珍しく「無くなったら買って補充すればいいや」という訳にはいきません。そうなると中古市場(偶然的な出会いにより)にも目をやり、あらゆる方法でルアーをかき集め、手元において置きます。
「バカの一つ覚え」と言われればそれまでですが、ただ使い続けると良い事もあります。このバイブレーション一ひとつ挙げても、そのルアーがもっている性能を十分に理解し、それを駆使し威力を発揮することができます。重いので遠くへ投げることができるし、巻くスピードに応じて表層~中層~海底まで引きずれ、広範囲かつ根回りなどのピンポイントも丹念に探れ、強風や波にも強いときた。私の中ではほぼマルチなルアーになりつつあり、そうなるとそこに生息する多くの “外道” との出会いをもたらせてくれます。

“外道” とは本来狙っている魚に対して、そうでない魚の事をいいますが、たとえそれが本命以上の高級魚であろうとも外道は外道となります。どんな釣りにおいても誰もが経験されていると思います。
この時期(晩秋~冬期)、私は地元江ノ島周辺でスズキ釣りに熱中しますが、本命のスズキ以外にも嬉しい外道に遭遇します!コチ、カサゴ、コノシロ、そしてマダコ…どれもお寿司ネタですね。

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この巨大コチは60センチを超えます。
これは小学校からの幼馴染の友人(北さんこと北川君)が近場で釣ったもので、私と同じように彼もこの赤白ルアーの熱狂的ファンです。かつては良きライバルだったハズなのに、いつの間にか私より上達しててその実力は圧倒的な差!彼から教わる事が多いです。そんな北さんは私を師匠と呼びますが(若干私の方が釣歴が長いので)、いいえ、もうアナタが私の師匠です。

“ 青は藍より出でて藍よりも青し ”   ですね。

★珍現象★ 湘南(片瀬川、引地川、田越川)に鮭(サケ)が遡上!

  • 2009/10/29 20:44
  • カテゴリー:日記

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「横浜の和泉川にサケが遡上」…そんなニュースがテレビで流れました。
その後ネットで調べると多数の目撃情報があり、その時の様子が多く投稿されていたので本当のようです。
その原因(推測)は後で述べますが、私が個人的に驚いたのは、それが和泉川であった事です。
なぜ?かといいますと、和泉川は、柏尾川(=境川の支流)の上流にあたります。つまり、上流から順番に和泉川→柏尾川→(本流の境川と合流)→そして境川のゴールは江ノ島にそそぐ「片瀬川」になります。その片瀬川は、普段私が通う「最寄りの釣場」であるからです。
ちょうど1ヶ月ぐらい前からスズキ釣りのシーズンが始まり、この片瀬川付近には連日多くの釣人が訪れます。釣上げてみたらスズキでなくサケだったら本当に驚くでしょうね。サケに全く縁のない神奈川県、目の前にサケが通ったと考えるだけでワクワクします。

そんな記事を書いている最中、首都圏河川でもサケ遡上の目撃情報が相次ぎ、ついには弊社フィッシュナビの地元でもある引地川(藤沢市)や田越川(逗子市)でもサケの目撃がありました。相模湾でも漁業の定置網にサケが10本ぐらい入っていたそうです。

どうやら今年は相模湾沖にある黒潮(暖かい水)の蛇行と本土の間に、北からの親潮(冷たい水)が相模湾に入り込み、サケの群れも一緒に流れてきたのではないかと推測、首都圏のサケ遡上のナゾにはそんな理由がありました。
神奈川県在住の皆さまへ、橋を渡る時に一度、川を覗いてみては如何でしょうか。もしかしたら本当にサケを見ることができるもしれません。

■海流の動き(昨年との比較)↓↓↓↓↓↓

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(1)昨年2008年(10月29日)            (2)今年2009年(10月29日)

そこで検証。今年と昨年の潮流の様子を比較したら・・・、やはりね!
例年の傾向ですと左画像のような感じで、暖かい黒潮の蛇行が、北からの冷たい親潮を寄せ付けません(これが通常です)。ところが今年は例外で、何らかの原因で親潮(北からの冷たい海流)が神奈川県まで流入しているのが分かります。この寒流に乗ってサケも運ばれてきたのですね。

感動!オオサンショウウオ(特別天然記念物)に出会う *山陰の妖怪シリーズ(後編)*

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日本固有種で世界最大の両性類であるオオサンショウウオ(大山椒魚)は国の特別天然記念物に指定されており、寿命は50年以上生きると言われております(過去の最大記録は全長150.5cm/体重は27.6kg/広島市安佐動物公園に標本が展示)。オオサンショウウオの祖先は恐竜時代から存在しており(化石の骨格により)、古代2300万年前から姿かたちを変えずに現在にまで至るので「生きた化石」とも言われております。中国山陰地方の清流に生息しており別名「ハンザキ」とも呼ばれ、ちょっとひと昔、地方山間部では貴重なタンパク源になっていたようです。

私にとって「オオサンショウウオ」とは図鑑の世界だけに登場し、まさに雲の上の存在でした。
まして山陰地方なんて私にとって縁もゆかりもない地でしたが、結婚を期に(カミさんは鳥取県大山町の出身)山陰が一気に近くなり、年に一度の山陰への里帰りが、私家族にとって年間行事の1つになりました。

そんな里帰時、恒例の川ガニ(モクズガニ)捕りでの出来事です。
仕掛けたカニ籠を引き上げようとしたらやけに重く、中を覗いたら茶褐色の肉感あふれる巨大生物にビックリ!カゴの中に入っていたのは、何と “オオサンショウウオ” でした。

地元の話では、このようにカニ籠に入る例は少なからずあるみたいで、おそらく網に入ったカニなどの獲物を捕食するために侵入したのではないかと考えられます。

「国の特別天然記念物」という肩書から、捕ることなんておろか、触れる事も禁止です。
タイトルでは感動!と記載しましたが「感動」というより、むしろ「罪悪感」に駆られてしまいました。兎にも角にも、まずはこのオオサンショウウオをここから出して逃がしてあげないとなりません。幸いこのカニ網は止め具を外せば容易に観音開きにできますので、カゴをを斜めにして恐る恐るタライの方へ誘導させ一安心。ちょっとだけ観察させてもらう事にしました。

それを見てカミさんが「あっハンザキ(地方名)だ」・・・と親しみ感あふれ、躊躇なく指でつついたり、脇腹のヒダヒダを伸ばして遊ぶ(←オイオイ)。子供の頃、誰々が煮て食べたよ(←え?)など、近所の誰々さんは餌付けしてペットのように可愛がっていたよ(←え?)などなど、オオサンショウウオを囲み(今となっては絶対NGな)異次元な会話が飛び交う・・。まぁ、特に珍しがる感じもなく、カミさんの家族や近所の人達にとって身近な存在で日常茶飯事のようです。その賑やかさにたお父さんが現れ「ハンザキに噛まれたら絶対に離さん!大怪我するので気を付けんといかんけん」とだけ忠告されましたが、それほど相手にされなかった事が逆に(罪悪感に浸っている)私にとって救いでありました。そしてすかさずメジャーを取り出し、慣れた手つきで全長を計測しておりました(日時・場所・サイズなどは貴重なデータとなり、後日、町役場に報告してました)。

くどいようですが、オオサンショウウオは「国の特別天然記念物」です。
速やかに撮影し、元の場所に戻してあげると、体をうねらせ深場へと消えていきました。感動の出会いと、呆気ない別れでした。

それにしてもオオサンショウウオを食べた事があるのは魯山人(ろさんじん)しかいないだろうと思っていましたが(魯山人味道より※)、まさかこんなに身近にこのような噂があったとは(驚)。こんなきわどい会話も、もう30年も前の出来事なので時効という事で、これもオオサンショウウオ生息地ならではの会話なのかもしれません。

【画像解説】
(1)中国地方最高峰の鳥取大山(標高1729m)
(2)大山6合目を超えると山壁の岩肌が露出し荒々しい景観をみせる。
(3)大山山麓には2800ヘクタールに及ぶ西日本最大規模のブナ林が広がる。
(4)人里近くの川でもこういう流込みや障害物もオオサンショウオ格好の棲家となる。
(5)全体像(大きさは約80cm強)、尾には仲間同士の戦で出来たと思われる古傷が残る。
(6)目は?とても小さくどこにあるか分からないほど。視力は弱いが嗅覚は発達している。
(7)前足の指は4本、後足の指は5本(赤ちゃんの手みたいで、かわいい)
(8)脇腹の肋骨(あばら骨)が存在しなく、体の側面に皮膚が集まりヒダ状になっているのが特徴。
(9)おはぎ?饅頭?それともお餅?いやいや正面から見た顔です。偏平で口が裂けるほど大きい。
(10)カワムツ、タカハヤ、ニシシマドジョウ、ドンコ、カニ類が多く棲んでおり川魚の宝庫。
(11)カニ捕り風景。カゴに魚のアラを入れて仕掛けておくと、川ガニ(モクズガニ)が入る仕組み。

私が思うオオサンショウウオの生息域とは、人すら寄せつけない深山幽谷に潜むというイメージがありましたが、まさかこんなに人里近くの川にも暮らしているとは思いませんでした。
そして私が初めてオオサンショウウオを見た感想は、両生類のくくりというよりは恐竜的であり…、骨董的でもあり…、独特な雰因気を醸し出しておりました。
その風貌からいったい何年生きているのだろうか?まるで山陰の妖怪を思わせるようであった。

「山椒魚」の名の由来は、山椒のような香りがすることからきています。
これは是非とも確かめてみたく適度な距離をとって匂いをクンクン嗅ぎましたが残念ながら何も匂いませんでした。おそらく匂いの元となる分泌液が出ないと山椒の香りを発しないのかもしれません。ちょっと残念ですが、これも一つの経験として大きな収穫でした。

オオサンショウウオのチャームポイントといえば、あまりにも小さすぎる瞳。視力が弱く目の前に獲物が通るまでジッと待ち続ける、いわば「待ち伏せ型の捕食者」で夜間に狩りを行います。
口は大きく裂け強力なアゴの持ち主。そこには小さな歯がたくさん並び、上顎には鋭い鋤骨歯(じょこつし)が備わっており、一度捕えられた獲物はもう逃げられません。週に一度、何かしらの獲物にありつければ、それだけで十分に生きていけるそうです。

相手は国の特別天然記念物です。見かけた場合には、触れる事なくそっと見守る事が前提です。
今回は触れずに逃がす事ができましたが、もし何らかで捕獲してしまい、緊急措置としてやむを得ず触らなければならない状況になった場合、(ご自身の身の安全も含め)その取扱い方に十分に注意してください。目の前に動くものは反射的にガブっと噛みつく性質があり、相手は強靭な顎の持ち主!もし手を噛まれようなら確実に大怪我します。
あとは管轄する行政(役場)へ報告しておくとよいでしょう(生息域の貴重な情報になります)。

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【編集後記】
ここら一帯は30年程前に河川護岸や改修工事がなされ、今現在も下流域で大掛かりな護岸工事をしておりました。オオサンショウウオにとってより棲みづらい環境になりつつあろうが、このような人工物も何とか自分の棲家として利用しながら生き永らえているのですね。
後々、カミさんから聞いた話ですが、今から16年前の話、1993年(平成5年)この大山市内の川の上流に産業廃棄物処理場が出来ました。しかし国の特別天然記念物であるオオサンショウウオが生息地として知られており、地元の方々は「オオサンショウオを守る会」を立上げ住民活動を起こし、町と県に対して廃棄物処理場の中止を訴え続け、その翌年に引上げとなりました(現在その跡地は農免道路になっております)。
このようにオオサンショウウオの宝庫として現在も残っているのは、決して当たり前な事ではなく地元の方々の支えと絶え間ない努力があってからこそですね。

今年で6回目の里帰り、そのうち2回目撃しております(1度目は2006年1月、雪が降りしきる真冬に川底に歩いていたのを目撃。そして2度目は今回2009年9月)。偶然での確率はとても高く、いつの日か3度目の遭遇を心待ちにしている。

※)魯山人(ろさんじん/北大路魯山人/1883~1959(明治16年~昭和34年) がオオサンショウウオを食べたというのは有名な話。
魯山人著作『魯山人味道(中央公論社/1995年発売)』にオオサンショウオの事が詳しく書かれております。
陶芸・美術家だけでなく美食家としても名を馳せた魯山人、この中で多くの珍味を食べてきた中で一番美味なものは?…という問いに対して “オオサンショウオ” と答えています。スッポンとフグの合の子と例え、味はスッポンを品よくしたぐらい美味であるという。身を捌いた際に山椒の芳香が客間まで届きずいぶんと風情のある趣きを添えたのを覚えている…そう書き締めくくっております。このオオサンショウウオの記事そのものは昭和34年に書かれたものみたいですが、オオサンショウウオの料理レシピや客人をもてなす様子が6ページにわたり書いてあります。
勿論、相手は特別天然記念物なので、これを食材で再現する事は不可能ですが(そんなつもりも毛頭ありませんが)、オオサンショウウオを多方面から知る上で、非常に興味深い内容が書いてあります。興味のある方は是非読んでみてはいかがでしょうか。

巨大クラゲ(エチゼンクラゲ) VS 天敵ウマズラハギ *山陰の妖怪シリーズ(前編)* 

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私にとって「日本海」とは…、神奈川県生まれで太平洋しかしらない私にとって縁もゆかりもなく演歌の世界にだけ登場するものでしたが、結婚を期に(カミさんは鳥取出身)山陰地方や日本海の距離が一気に近くなり、年に一度の里帰りが八鳥家にとって年間行事の1つになっております。          
今回の帰省は9月中旬…
今年2009年からシルバーウイーク連休の制度が導入され、この時期に飛行機で帰るとかなり割高になるので今回の移動手段は電車を選択、道草なしで約8時間の旅となりました(鎌倉⇒新横浜⇒岡山⇒米子⇒名和)。山陰本線という日本海沿岸を走るローカル線(単線のワンマン電車)で最寄駅は名和(なわ)という無人駅です。その田舎的な雰因気はオツなものであるが、いかんせん運行が1時間で1本のみなので乗り遅れようなら命取りです。

9月に鳥取に行くのは初めて。この時期は海は閑散としているものの、まだ夏の名残を楽しむ感じで、秋を迎えるにはちょっと早い気がしました。
この頃、蕎麦の花がちょうど満開で、蕎麦の花一輪一輪はとても小さいですが一斉に咲くと広大な畑一面を白く染め上げます。天気が良ければ大山を背に咲き乱れる蕎麦の花を眺める事ができます。「蕎麦の花が咲けば鮎が川を降り始める」…ということわざがあり、これは夏も終わりを意味しますが、海水温に関しては依然と高く南方性の魚やクラゲをよく目にします。

実家の最寄の港は、御来屋(みくりや)漁港というところなのですが、ここ日本海のこの時期(水温の高い夏~秋季に)でよく目にするのが「エチゼンクラゲ」、それはまるで傘のように大きく重さも100kgをゆうに超えます。初めて見た時はあまりの大きさにタマげたのを今でも覚えています。このエチゼンクラゲの本来の繁殖地は、中国(黄海~渤海)でその一部が海流に乗って日本海に入ってくるようです。ここ近年は富栄養化や地球温暖化はクラゲにとって育ちやすい環境となりクラゲが大発生が目立つようになりましたが、特に今年2009年は異常なほどの大発生でした。

この大発生は漁業においては深刻なダメージで、底曵網や定置網の中を巨大クラゲが埋め尽くし圧迫された魚が傷ついたり死んだりして魚の商品価値を下げてしまうので、漁師達にとって大きな悩みの種で死活問題なのです。ピアノ線を施した網を船で曳き浮遊するクラゲを切ったりしているものの、根本的な解決にはなっていないようです。

あともう1つ問題なのは、魚と一緒に獲れてしまった「エチゼンクラゲ」の処分についてです。
食としてもあまり適さず(食べれない訳ではありませんが手間暇かかりコストが見合わない)そもそもクラゲの需要自体が日本では少ない。クラゲ自体は9割以上は水で形成されているので陸上げしてそのまま放置すればいずれは無くなるのですが、その大量のクラゲを置く場所やそれらの腐敗臭に問題があり、殆どは粉砕し産業廃棄物として処理されているのが現状。食材だけでなく医療や化粧品、そして肥料として再利用を模索しているみたいですがそれはほんの一部であって、それを賄うだけの需要にはなってないようです。

実はそんなエチゼンクラゲにも天敵がおり、それはウマヅラハギ集団。
彼らは容赦なくクラゲに襲い掛かり、まるでピラニア猛攻のようです。目の前に泳いでいるエチゼンクラゲもボロボロになりながら必死に逃げている様子が目の前で確認されました。このウマズラハギが救世主になるといいですね。
このような大発生には、人的要因もあれば、自然的要因もあり、一度そうなると人間の力だけでは容易に変えられないものです。増えすぎてもダメ、でも減り過ぎてもダメ、良いバランスになって欲しいです。

京の台所(錦市場) 川魚専門店(魚屋) ~江戸時代へタイムスリップ

  • 2009/09/05 12:40
  • カテゴリー:日記

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私が京都に行ったら間違いなく寄るのは錦市場(にしきいちば)。
過去に大阪に住んでいた事もあり、行った数は数知れず。自身で楽しむのは勿論ですが、魚好きや食通の友人知人をよく案内していたのを思い出します。

「錦市場」は江戸時代から400年の歴史を誇る商店街。おそらく原型となるのは更にさかのぼること平安時代(794~1185年)、京都御所に新鮮な食材を集める事から始まっているのでおそらく1000年以上の歴史があると思われます。

魚好きの私としては、オススメの見どころはやはり川魚屋!川魚を専門に扱う魚屋さんです。
京都産・琵琶湖産水系の淡水魚を扱う店がひしめく場所があり、日本の川魚料理に興味があれば、ここに足を運べば間違いありませんし、川魚料理のお土産も買う事ができるでしょう。
ここに来れば淡水魚の充実ぶりに驚きますが、淡水魚は古来より日本人の重要な資源で、そこには豊かな食文化が存在してました。しかし、開発による環境破壊で漁獲量が激減し淡水魚の食文化も衰退しつつありますので、今となってはこの風景はとても貴重な一枚になるかもしれません。

冷蔵技術も流通も発達してない江戸時代(約400年前)、内陸地方で鮮魚といえば淡水魚、保存食といえば甘露煮や塩漬け発酵などが主な時代だったと思います。ここを通るだけでまるで江戸時代の魚屋にタイムスリップしたような不思議な感覚になります。特に鮒寿司なんて平安時代にレシピの記録があるそうなので1000年以上前の魚食生活にタイムスリップですね。

京の台所(錦市場) ~若冲生誕の地~

  • 2009/09/04 14:33
  • カテゴリー:日記

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私は生まれも育ちも神奈川ですが、1999~2002年の2年半ほど仕事で大阪に住んでいたことがあります。
最寄の駅は、阪急電鉄の上新庄駅(かみしんじょう)なのですが、これをを利用するとたった1本で!しかも30分ほどで京都(終点の河原町)に行けてしまいます。その京都にある錦市場が、私の癒しスポットでありました。

「錦市場」は江戸時代から400年の歴史を誇る商店街。おそらく原型となるのは更にさかのぼること平安時代(794~1185年)、京都御所に新鮮な食材を集める事から始まっているのでおそらく1000年以上の歴史があると思われます。魚好きの私としては、オススメの見どころはやはり魚屋!京都産・琵琶湖産の淡水鮮魚を扱う店がひしめく場所があり、日本の川魚に興味があれば、食べたいならここに行けば間違いありません。
京の台所として地元で賑わう錦市場、ここで食材を仕入れる料亭なども多く、そのほか京野菜、京漬物、豆腐や湯葉・佃煮・蒲鉾などの加工品、干物、乾物など京料理の食材は大体ここで揃うことができます。
食通の方へのお土産としても重宝し、観光客の方もおばんざいや出来あいを購入して食べ歩きを楽しむ事もできます。

一見、同業がひしめくわけなのでお互いに商売敵にならないのかと思いきや、実はとても細分化されてて、どの店のどれをとっても独自の顔や味を持っており、その集合体こそが “錦ブランド” になっています。その個々の魅力にそれぞれのお客様がついており、他には見ない独自の商売路線を築いているように感じました。

*若冲の生きた錦市場~
私が最も好きな画家でもある伊藤若冲(※)誕生の地でもある錦市場。若冲は錦小路の青物問屋/桝源(ますげん)の長男として生まれ、40歳で問屋業を弟に譲り絵師になりました。絵師の傍ら町役人を勤めるなど地域貢献にも力を注いでおり、江戸時代における錦市場存続の危機を救った中心人物でもあります。

*存続の危機~
若冲の死後も錦市場には多くの危機に直面します。明治時代に入ると自由競争の導入により、独占で築いた錦市場の商売バランスが崩壊、大正時代に入ると米騒動による波乱、昭和に入ってから中央市場ができた事により多くの店が移転、戦後の闇市化、そして都市開発にともない地下水の渇水、昭和晩期~平成にかけては大型スーパーの進出、時代の移り変わりの激しさに何度も存続の危機に直面しますが今日の錦が「京の台所」としてあるのは若冲をはじめ先人が命がけで守ってこられたからかもしれませんね。

※)伊藤若冲(いとうじゃくちゅう/1716~1800)は江戸中期の画家。
精密な実物写生が基本ながら、若冲独特の感覚で捉えられた美しい色彩や動きをが特徴、特に動植物の絵を得意とし、それを描かせたら右に出るものはいません(←と私は思っております)。
若冲の代表作は何といっても、動植綵絵(どうしょくさいえ)、9年もの歳月と労力を費やして描きあげた30幅におよぶ大作。その中の群鶏図と魚群図が好きです(※画像は魚群図)。

★巨大干物★ 丹後のお化けイカ(タルイカ)の干物

  • 2009/08/12 17:53
  • カテゴリー:日記

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アジやイカの干物は身近でとても美味しいですよね。
私は人生で2度、普通でない巨大な干物に出会ったことがあります。
1度目はインドネシア・フローレンス島にある魚市場に売られていたロウニンアジの干物で、いわば “巨大アジの干物” でした。大きさにして120センチを超え、重さにして20キロ以上はあると思います。そして2度目はここ日本、この巨大イカの干物です。丹後(天橋立)の魚屋で購入したタルイカです。

出逢った瞬間に一目ぼれ、未だかつてない過去最重量級の乾物土産となりました。
私はイカのデカさにビックリ、魚屋は私のそのリアクションにビックリでした。彼らにとってこのイカは日常範囲なのでしょう。

★珍現象★ 特大ブラックバスだけが釣れる日(in 箱根・芦ノ湖)

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毎年芦ノ湖でマス釣りをしておりますが「マス」ではなく大きな「ブラックバス(オオクチバス)」だけが立て続けに釣れる時があります。時期はコイやヘラブナのハタキ(産卵)で湖面が騒がしくなる頃ですが、時には巨鯉も掛かってしまう時もあります。この鯉は90cmを超えてますが、ここ芦ノ湖ではまだまだ序の口サイズ、時には軽~くメーター超えの怪物サイズも目撃します(ノッコミ時期で産卵間近である為、速やかに湖にお帰り頂きました)。

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さすがに60cmを超えるブラックバスを釣った経験はありませんが、それでも55cmを堂々と超え60cmまであと一歩!という個体が目立ちます。この大型ラッシュは1週間ほど続くのですが、これはこの場所だけかなと思いきや、どこのボート屋でも大物ラッシュで沸いているので全体的にそういう状況のようです。

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自作ルアーで狙う!芦ノ湖のサクラマス釣り(結果だけでなくプロセスも楽しむ)編

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芦ノ湖周辺でツクシが見られ、マメザクラが咲き始める頃、私の芦ノ湖マス釣りシーズンが始まります。本当は3月から解禁なので3月~がベストシーズン…という解釈でよいのですが、解禁当初の芦ノ湖は真冬のように寒いです。なので、私は人より遅めのスタートでノンビリ芦ノ湖を楽しんでおります。また時間帯においても、サクラマスは回遊魚なので早朝に攻めるから良いという訳ではなく、朝・昼・夕、いつどんな状況で掛るのか分からないのが特徴です。そのアタリをジッ~と待ちながら釣りをするのが私の性に合っているのか、この待ち時間がとても好きです。
芦ノ湖のサクラマスは単独で回遊するのか? それとも群で回遊するのか? は定かではありませんが、時には2本の竿に同時に掛る場合もあるので、おそらく単独~小規模な群れで回っているのかもしれませんね。

私の趣味で “自作ルアー作り” などもしております。
水牛の角1本から、カットして・・、研磨機(グラインダー)で形成して・・、粗削りして・・、研磨して・・、必要に応じてアルミ箔や魚皮を貼ったりして、やっとのことで1本のルアーが出来上がります。天然素材でかつ手作りなので、同じもの2つとできません。それ故にバラつきは多く、仮に10個作っても、成功したと思えるのは(よい泳ぎをするのは)たった1割程度(1~2個)なのかもしれません。でもそんな採算性なんてどうでもいいのです。

自分でルアー作って、それで魚を釣って、それを美味しく食して、
自然と魚相手なので、必ずしも全てが達成されるわけではありません。 しかし、釣果だけにとらわれることなく、この一連のプロセスを楽しめるのも、釣りの面白いところであり、これぞ釣りの真骨頂であると私は思っております。自然から学ぶことが多いのです。

変な言い方ですが、
手作りの自作ルアーというのは、案外(自分が思っている以上に)に良く釣れることが分かります。特に芦ノ湖に通う方は、プロアマ問わず自作ハンドメイドルアーを持っている方が結構多く、それでよく釣れることを理解しております。たとえルアーでなくても、フライを用いたトローリング(ハーリングといいます)でも良く釣れますので、もしボートに乗った際には、チャレンジしてみるとよいでしょう。

★芦ノ湖の釣り★ 10回足を運ぶと1回ぐらいいい事ある(かも?)

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芦ノ湖の釣りにおいて、晴天すぎて(もしくは荒天過ぎて)全く釣りにならない時があり、そういう時は早上がりします。片付けの際、荷物を車に積込むために、一時的にその場を離れるのですが「万が一、魚が掛かっているかも」・・・を想定し、竿をロープに繋いではおきます(一応ね)。
そして帰り身支度を終え、最後の竿を引取りに戻る私、もうそこには “釣人” としてのオーラは微塵もありません。釣り番組のような「最後にドラマチックな展開が!」・・・という展開は殆どなく、大抵は何も起こりません。
しかし、長年この釣りをやってて、10回ぐらい足を運ぶと1回ぐらいはその “万が一” の事が起きてしまう事があります。

もちろん、芦ノ湖記録を覆すには程遠いサイズですが、時にはこんな野生化したキレイな大型ニジマスやサクラマスが釣れるのも芦ノ湖の魅力です。
私の経験値をもって予想できるのは40%程度、あとの60%は何が起こるか予想つきません。
正直言って私の勘なんて全くアテにならないし、その予想とは正反対の結果になる場合も多々あります。まずはその土俵に立っている事が大前提ですが、そういう予期せぬ要素があるからこそ “釣り” は奥深くて面白さなのかもしれませんね。

★芦ノ湖の釣り★ 2尺ヤマメ(サクラマス)を狙う

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今期シーズンは例年よりもワカサギの接岸が多く、遊覧船の行き来で大きな波がくるとワカサギがちらほら打上がるほど。そうなるとサクラマスも浅場を回遊し、運良くば姿だけでなく捕食シーンも目の当たりする事もできます。普段は地味で根気を要する釣りですが、この時ばかりはエキサイティングな釣りになります。

釣れば大歓迎なサクラマスですが、特に極太な個体が釣れた時は嬉しいですね。サクラマスを手にするまでは、ニジマス、ブラウン、イワナといった嬉しい外道も手にしますが、この時期のマス達はワカサギを飽食して体が太っているので、どの個体も格別に美味しいです。

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▲2尺ヤマメとも呼ばれるサクラマス。 “読み” が当たれば、こんな奇跡も(希にあるかも)。

そんな愛してやまないサクラマス釣りですが、通ったから釣れる訳でもなく、頑張ったからって釣れる訳でもない、だからと言って経験や理屈がものを言う訳でもなく、祈っても釣れる訳でもない・・・。「それじゃあ、釣れる要素がないじゃん」っと思いきや、前ぶれもなく簡単に釣れてしまう時もあり、私のモチベーションを生かすも殺すもサクラマス次第、ちょっと大袈裟ですが生殺与奪の権利をサクラマスに握られているのです。そんな気まぐれに翻弄されながらも毎回ドキドキな釣をしております。要は「自然相手は時の運」と「通ってナンボ」という事ですね。このアフターありきが私の原動力になっております。

★フィッシュナビ★ 国際フィッシングショー(2009年)に出展しました。

  • 2009/03/16 17:43
  • カテゴリー:日記

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フィッシュナビが2009年(2/13~15)国際フィッシングショーに出展しました。
皆さんお忙しい中、弊社ブースにお立寄り頂き誠にありがとうございました。フィッシュナビの助っ人として、何とアラスカからはASSのジョニー(ジョニーハリス)さんが、カナダからはAG-FISHの梅村英二さんが駆けつけてくれて、3日間フルでお手伝いしてくれました。
フィッシュナビ開業当時(2005年~)からお世話になっている現役のフィッシングガイドが目の前にいるので、私にとって鬼に金棒!とても心強かったです。

フィッシュナビの予算事情で、トライアルブース(半コマ=10万円コース)での小規模展示でしたが、お客さんと当時の思い出ばなしに花を咲かせたり、これからの計画の話をしたり、初めて顔合せだったり、お客様をご紹介頂いたり、本当に楽しかった3日間でした。

全てお手製!私もこういう展示モノは初めてで不慣れでしたが、多くの方々の助けと支えがあって無事に終える事ができました。これもひとえに皆さんのお蔭で、感謝に尽きません。本当にありがとうございました。これからもお客様の目線でご納得頂けるような海外フィッシングのコーディネーターを目指してまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します!

★私とスズキ釣り★ 湘南の真冬が熱い!

  • 2009/01/17 00:01
  • カテゴリー:日記

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▲片瀬のヌシ(特大スズキ) 96.5cm 6.9kg  
2009年1月16日、19時30分P? 中潮(満潮時)、湘南・片瀬新港(テトラ側付近)

地元の江の島周辺は、観光だけでなくスズキ釣りでも人気のある場所として知られております。ただ、私自身スズキ釣りに関しては非常に遅咲きで、初めてスズキを手にし、このスズキ釣りのことが分かってきたのは30歳を過ぎてからのことでした。子供の頃は知る由もありませんでしたが、夜の堤防にまさかこんなディープな世界があったとは、驚きを隠せませんでした。

ここ地元での本格的なスズキ釣りシーズンは、秋も終わり寒さが身に染みる11月下旬頃から~寒さの最も厳しい大寒(1月下旬)頃までで、いつの日か特大スズキを手にするのを夢みて多くの釣人が足を運びます。身近で大物が狙えるのも最大の魅力でありますが、いかんせんここは湘南地区!釣り人口が多いゆえ “超” がつくほどの激戦区で「スズキの数よりも釣人の数の方が圧倒的に多いんじゃないの!」と皮肉りたくなる気持ちです。

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この江の島付近において、スズキ釣りの基礎となるのはたった3つで、それは「潮」「時間帯」「場所」を知ることにあります。この3つの条件下でちゃんと釣りをしている状態であるかが重要で、これを理解し実践した者のみが「スズキ釣りの土俵」に上がれるといってよいでしょう。特に時間帯は真冬の暗い時間(日没後、もしくは夜明け前)であることから、「寒さ」と「眠気」との戦いでもあり、正直なところ体に堪えます。精神的に消耗戦を強いられる釣りではありますが、大きなスズキが釣れた時の嬉しさと、食べた時の美味しさがあるからこそ、日々の原動力になっているのかもしれません。

釣ったスズキは、わたくし八鳥家の貴重なタンパク源となり、この時期の食卓は多くのスズキ料理で彩られます。もし特大サイズが釣れれば1週間はおかずに困まることはないでしょう。スズキという魚は白身で淡泊、素材がよいので刺身・焼き・揚げ・蒸し・などなど、どんな料理にしても美味しく頂けます。

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これは夕暮れの江の島付近。
もしこの光景にソワソワされたら、もうあなたは地元の立派なスズキ釣師です。更に極めると、この写真を見ただけで「1月であること」「大潮であること」「時刻は17時であること」まで言い当てることができます。太陽が沈む位置で「時季」を推測でき、その時季により「日没時間」も分かります。そして満潮時の水位を知ることで、今日の潮時(何の潮であるか?)も分かるのです。
ただこれは決して特別なことではなく、スズキ釣りの土俵に立てる人は誰もが知るところ。足繁く通えば、それらの感覚が自然と養われていくのです。
今日もこの日没がスズキ釣りの開始の合図といわんばかりに、多くのスズキ釣師が各々お気に入りのポイントに入っていきます。

もう一つの楽しみは、この時間帯だからこそ楽しめる絶景です。冬の日出や夕日はとても美しく、富士山をはじめ伊豆箱根~そして丹沢の山々の上空を赤く染め、多くの観光客や写真家がこの絶景を収めに足を運びます。また日没後、宵闇が迫る海に突如現れるライトアップされた江ノ島灯台もキレイで、自然と人工の造形美を楽しむ事ができます。

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